オリジンさまよりリクエスト
ビー総受け・総可愛がられほのぼのギャグ
同タイトル続編
「ならばもう一度彼に飲ませてみればいい」
と、そんな恐ろしいことをあっさり言ってのけたのは――――勿論と言うべきか、やはりと言うべきか――――ラチェットなのであった。この軍医は、オートボットたちの健康管理については誰より口やかましいくせに、時折恐ろしく大胆になる。
手段を選ばないともいう。
そして大胆で手段を選ばない彼は、こうして時折悪魔的な思いつきを仲間たちにささやくのだ。
ことの発端は、過日の宴席である。
「誰が一番バンブルビーに好かれてると思う?」
どういう意図の元でかは定かでないが、アーシーがトウモロコシ産バイオマスエタノール片手にそんな問いかけを投げかけてきた。
それでどうなったかというと、……白熱した。それはもう、恐ろしく白熱した。皆アルコールが入り、泥酔とはいかないまでも多少理性が弛んでいたのは事実だ。しかし、全てを酒のせいにするのは些か以上の暴論というものだろう。アルコールの力を借りずともオートボットらをかく白熱させるだけの要素が、アーシーの問いにはあったのだ。
誰が一番バンブルビーに好かれているか?
その問いに対する答えを導くのは容易ではない。ラチェットも、サイドスワイプも、オプティマスも、あのアイアンハイドでさえ、一歩も退かず自らの主張を繰り返した。詰まるところ――――――遠回しにしろ直接的にしろ――――――、その場にいた誰もが皆、我こそが誰より一番バンブルビーに愛されていると主張して譲らなかったのだ。
討論は永遠の平行線をたどり、気づけばいつの間にか夜が明けていた。そもそもこの難問を投げかけてきた当人であるはずのアーシーさえ、いつの間にかいなくなっていたが、誰一人そんなことは気にしなかった。気付いてさえいなかった。彼らの目的はすでに、アーシーに答えることではなく、自らの主張を皆に認めさせることになっていたのだ。
だというのに、夜が明け、酔いがすっかり覚めても決着はつかない。そのころになると皆薄々、このままでは永遠に結論にはたどり着けそうもないと気づき始めていた(遅い)。
知らず落ちた沈黙に一石を投じたのはサイドスワイプである。
「結局のところ、バンブルビーに直接聞くのが一番手っとり早いんじゃないか?」
彼はそう言った。
正論である。すこぶる正論過ぎて、どうして今まで誰も気づかなかったのか不思議なくらいだ。
「……それもそうだ」
サイドスワイプの提案に、アイアンハイドも心なしか苦い顔で頷く。苦い顔、なのは、そんな簡単なことにも気づかなかった自らの愚かさに呆れているからだろう。オプティマスもまた異論はないようで、善は急げとばかりその巨躯を立ち上がらせんとする。
彼らの行動は素早かった。躊躇など微塵もなかった。何故か。答えは簡単だ。彼らは皆一人残らず、バンブルビーに
「お前が一番好いているのは誰だ?」
とそう問うたならば、自分の名が返ってくると信じて疑っていなかったのだ。
だからこそ躊躇なんてしなかった。だってする理由がない。しかもそうなると俄然、実際に言われてみたくなってしまう。バンブルビーの、「一番大好き」のメッセージを。そんな思いが、尚のこと彼らの行動を迅速にした。
が。
「まあ待ちたまえよ」
今にも腰を上げて、まだ休んでいるだろうバンブルビーの元へ向かおうとしているサイドスワイプたちを、ラチェットはそう止めた。
ラチェットには、オプティマスらの心の動きが手に取るように分かっていた。何も特別なことじゃない。オートボットには珍しい根っからのひねくれものには容易い所行である。そして彼らの心情を理解しているからこそ、ラチェットは彼らを止めずにはおれなかったのだ。
些かばかりのため息付きで。
「バンブルビーに直接尋ねる、なるほど確かにそれが最も簡単且つ手早い手段であろうことは、私も同意するに吝かでないとも。
しかしそうしたところで、正確な――――さもなくば我々が欲するような回答が得られるかどうかは、甚だ怪しいと私は思うがね」
ラチェットがそう三人の勇み足を諫めると、サイドスワイプが不満そうに顔をしかめた。
「正確な回答が得られないだろうってのは何でだ? ラチェット、あんたまさか、バンブルビーが嘘を吐くとでもいうのか」
サイドスワイプのその指摘に、憤慨したのはオプティマスである。まさかまだ酒が残っているわけでもあるまいに、彼はたやすくエキサイトした。オプティマスが非常に優れた人望厚い指揮官であるのは疑いのない事実だが、それと同時に、彼が案外と短気で激情家であるのもまた動かしがたい事実だった。
「何だと、そうなのかラチェット!? あんな素直な子を捕まえて、お前はなんという暴言を吐くのだ! バンブルビーをうそつき呼ばわりするなど、他の誰が許しても私が許さんぞ!」
拳を震わせて憤るオプティマスに、ラチェットはやれやれと肩を竦め、先ほどよりも大きなため息を吐いた。生憎、オプティマスのそんな怒りに恐縮するほどラチェットは殊勝な性格をしていないし、オプティマスとの付き合いも短くなかった。
「ちょっとばかり落ち着いていただきたいものですな、オプティマス。誰もそんなことは言っちゃいません。バンブルビーが悪意ある嘘を吐くなんて、そんな芸当の出来る子じゃぁないってことくらい、私だって百も承知してますとも。
ですからそうではなくてですね、つまり私が言いたいのは、バンブルビーはそりゃあ大層優しい子だってことです」
ラチェットの言葉に、オプティマスは自らの早計を恥じるでもなく、それどころか、何を今更そんな分かりきったことをと言わんばかりの顔をした。しかしラチェットにしてみえばそんな反応まで予想の範疇でしかなかったので、今更気分を害したりはしなかった。
「私らの中で一体誰を一番好きかと、バンブルビーに直接問いただす? 私は予言者なんかじゃありませんが、それでもその案を実行に移すまでもなく、彼が何と答えるか、私にはその様子が目に見えるように分かりますがね」
「何だって?」
「彼はきっと、十中八九こう答えるに違いありますまいよ。「おいら、みんな大好きだよ」とね」
四人の男たちの間に、俄にしんと沈黙が降り積もった。しかしそれもそう長くは続かない。別段彼らの浅慮を責めるわけではないが(本当だ)、生憎ラチェットにはまだ言ってやりたいことがあるのだ。
「それが嘘か真かはともかく、バンブルビーに悪意がないのは疑う余地のない事実でしょうな。それどころか、もしその答えが本心からのものではなかったとしても、バンブルビーに嘘を吐いたという自覚は皆無であろうと私は思いますよ。世の中にはそういう類の嘘もあるってことです。
何しろ彼は優しいですからね。期待に満ちた目を向ける君らを前に、誰か一人を「一番好き」と断言すれば、他の者を多かれ少なかれ傷つけることになる。そんな発言が、「優しい」彼に出来るわけがない」
こんな簡単なこと、ちょっと考えれば分かるでしょうに。
……とは、ラチェットは言わなかった。言わなかったからといって、思わなかったわけではないが。
「じゃあ結局、真相は闇の中ってことか」
低く唸るような声でそう言ったアイアンハイドに、ラチェットは小さく肩を竦める。
「そうは言ってない」
おまけにそう続けた。その途端、三人の視線がラチェットに集中する。そしてその視線のただ中で、ラチェットはにやりと笑った。
「この世にはあるでしょう? 飲ませるだけで、普段は決して口にされない嘘偽りのない本心が聞ける、そんな魔法の薬が」
しん、と落ちた沈黙は、長くはなかったが短くもなかった。破ったのはサイドスワイプである。
「……酒か」
ぽつり、呟いたその回答に対し、ラチェットは取り立てて正解だともハズレだとも言わなかった。沈黙を以て肯定としたのだ。途端、オプティマスが目を剥いた。
「酒だと!?」
その声は、先ほど以上の激情をはらんでいた。
「馬鹿なことを言うな、バンブルビーに酒を飲ませるなんて冗談じゃないぞ!」
「ええ、無論冗談なんかじゃありません。私はすこぶる正気だし本気ですよ」
「尚悪い!」
未だバイオマスエタノールがセイバートロニアンの体にどんな影響をもたらすか分かっていなかった頃、それが判明するきっかけとなった出来事は、「トウモロコシ産バイオマスエタノールの悲劇」として、今も尚ディエゴ・ガルシア海軍基地の語り草である。誰にとっての悲劇であったかといって、それは誰よりオプティマスにとってに間違いあるまい。
バイオマスエタノールを飲んでしたたか酔っぱらったバンブルビーに、あろうことか「だいきらい!」と叫ばれた記憶が彼の酷いトラウマになっているのは、周知の事実であり、公然の秘密であり、そしてまた最高レベルの禁忌である。
「第一、酒に酔えば本心を聞けるなど、まず以てそれが根拠のない世迷い言だ!」
だってそうでなければ私を大嫌いだと言ったバンブルビーの言葉こそが彼の嘘偽りのない本心だということになってしまうではないかそんなことはあり得ない断じてあり得ないあり得ないったらあり得ないのだああああああ!
……と、いうオプティマスの心の叫びを、ラチェットは確かに聞いた。アイアンハイドやサイドスワイプも、多分聞いただろう。
だってラチェットは気付いてしまった。
オプティマスが。
誉れも高き、我らが司令官が。
(……涙目だ……)
と、いうことに。
何も泣かんでも、というのが正直な感想だけれど、まあまるきり共感できないわけでもないので、ラチェットはつかの間口を噤んだ。本当に、つかの間だけ。
「二度とバンブルビーには飲ませない! これは鉄則だ! 例外はない!」
「……そんなに目くじらをたてるほどのことではありますまい。確かにバンブルビーは私たちよりちょっとばかり酒には弱いようですが、それだって一滴も飲めないレベルじゃない。その証拠に、悪酔いも二日酔いもしなかったでしょう。第一バンブルビー自身、あんなに気に入っていたじゃありませんか」
「駄目と言ったら駄目だ! 何度も言わせるな!」
「言わせていただければ、オプティマス。過日のアレとて、ある主バンブルビーの素直な叫びであろうと、私は思いますがね」
……アレというのはつまりアレである。斯くオプティマスを暴走させている、「トウモロコシ産バイオマスエタノールの悲劇」である。
したり顔でそう言ってやった途端、アイアンハイドが狼狽しきった凝視を投げかけてきた。いささか以上不躾なその視線をあえて訳してやるならば、
「なんて恐ろしい指摘をしやがるんだ馬鹿野郎!」
といったところだろう。
しかし、アイアンハイドがそんな無言の訴えを投げかけてくるのも無理はない。温厚なようでいて案外と短気で激情家な司令官殿は、ラチェットの暴言――――であるという自覚くらいは、ラチェットにも一応あるのだ。そう、一応は――――に、火を噴くような目をした。それはメガトロンも斯くやというほど苛烈な怒りを宿した目だった。澄み切った青い瞳が、その時は確かに燃え立つ赤に見えた。
これにはさすがのラチェットも些かばかりたじろいだが、それなりの老獪さをも兼ね備えた彼は勿論、その狼狽を表情にも態度にも出さなかった。彼はただ、小さな咳払いを一つするだけで態勢を立て直した。それくらいの誤魔化しは、彼にとっては造作もないことだ。
「……といっても、バンブルビーに嫌われたのはただのあなたじゃない。酔っ払ったバンブルビー流に言ってみれば、大っ嫌いというのはつまり、「あんなに一生懸命おねだりしたのに、ちっともおいらにバイオマスエタノールを飲ませてくれないオプティマス・プライム」だってことです」
ラチェットのその指摘に、オプティマスは正しく憑き物が落ちたような顔をした。双眼もすっかり、凪いだ海と同じ色に戻っている。その変化に少しでなく安堵してしまったのは、ラチェット一生の秘密だ。
それにしても、げに刮目すべきはオプティマスに対するバンブルビーの影響力の凄まじさである。これほど容易くオプティマスの機嫌を乱高下させられる存在なんて、如何にこの宇宙が広大であろうともバンブルビーをおいて他にはいまい。
けれどだからといって、
「素面の時のバンブルビーは、あなたのことがそりゃあ大好きですよ、オプティマス。まあ、今更言うまでもないことでしょうがね」
なんてことは教えてやらない。その程度の稚気は、ラチェットだって持ち合わせていた。
だからラチェットは、そんな、今更で、それでいて些かばかり腹立たしくもある事実を告げる代わり、したり顔でこう進言した。
「そこで、どうでしょうねオプティマス。ここは一つ、あなたがご自身でハンブルビーに一杯勧めてみては? もしかすると、酔っ払いバンブルビーの中のあなたの株が少しばかり上がるんじゃないでしょうかね。それこそ、彼からの大好きなんて言葉を、他ならぬあなたが貰えるかもしれませんよ?」
その提案に対して、オプティマスは硬く口を噤んだまま、否とも諾とも、ウンともスンとも答えなかった。答えなかったがしかし、ラチェットは別段その沈黙を気にしたりはしなかった。今更答えなんて聞かずとも分かっていたからだ。
バンブルビーに――――しかも、ただのバンブルビーじゃない。酔っ払ってほにゃほにゃになったバンブルビーに――――大好きと、言われる(かもしれない)。その誘惑に打ち勝てるオプティマス・プライムなんて、そんなのはラチェットの知っている彼ではなかった。平たく言えば、そんな司令官閣下はこの世のどこにも存在しないということだ。つまり、オプティマスの沈黙は拒絶ではなく許諾のそれだということは、火を見るよりも明らかだった。
見事上手くいった自らの策に些かばかり満悦していたラチェットは、だから、
「これぞ正しく悪魔の囁きってヤツだな……」
なんてアイアンハイドの呟きも、とっておきの寛大さで以て聞こえない振りをしてやったのだった。
***
作戦の決行はその日の深夜、日付が変わってからということになった。一旦ディセプティコンが発見されれば昼も夜もない任務とはいえ、待機中である限り、常識と照らし合わせて真っ昼間からバンブルビーを酔っ払わせるのはまずかろうと思い至れる程度の理性は、皆何とか保っていたらしい。
が、その分、サイドスワイプなどはその日は一日中そわそわして大変に挙動不審だった。アイアンハイドは顔を顰めてその態度に苦言を呈していたが、実際彼とてそう威張れるほど冷静だったとは言い難い。その証拠に、レノックスら人間側の兵士たちとの共闘訓練の最中には、危うく仲間の兵士を踏みつぶしそうになっていた。それも、三度も。
オプティマスは、……彼は一日中物思いに耽っていた。佇む彼の横顔があんまり物憂げなので、レノックスは勿論のこと、エップスにさえ
「そっとしといたほうが良さそうだ」
そう気を遣われる始末。ラチェットは一体何度、
「彼が耽溺しているのは沈痛な物思いや憂国の念なんかじゃない、妄想だよ。それも思い切りピンクな、ね」
と言ってやりたくなったかしれない。
しかしながらかくいうラチェットもまた、この、悪辣で、そのくせこどもじみた企みに些か以上浮かれ気分であることを思えば、そうそうオプティマスらのことを笑えるものではない。ただ幸いかなラチェットは他の三人と違い、そんな浮ついた気分を十二分に隠蔽し偽装できる老獪さと厚顔さを持ち合わせていたから、それを誰にも知られずにすんだだけのことだ。
斯くして四者四様の思いを胸に夜は更け、
「うぃっく!」
ラチェットたちの前にはすっかり良い具合に酔っ払ったバンブルビーがいる。そして彼らは皆――――オプティマスさえ例外でなく皆――――期待に充ち満ちた目で、酔っ払ってふにゃふにゃのほわほわになったバンブルビーを見つめていた。
そして、ラチェットは徐に口を開く。
「バンブルビー、随分ご機嫌な様子だな」
『うん、おいら とってもふわふわ いいきもち! れも、ろうして?』
「何がかね?」
『みんな おいらにはもう ばいおますえたのーる のんじゃらめって いったのに。なのにろうして、きょうは のませてくれたの?』
「ああ、それはだな。バンブルビー、お前さんに是非とも聞いてみたいことがあったのだよ」
『きいてみたい こと?』
「そうとも。答えてくれるかね?」
『うん、いいよ』
ことん、と頭を縦に振る仕草も、いつになく緩慢でこどもっぽい。可愛らしく危なっかしく、オプティマスなどは素直に萌えていいのかそれともここはやはり心配すべきなのか、心中激しく葛藤しているのが手に取るように分かった。それに苦笑しながら、ラチェットは本題に入る。
「なあバンブルビー。お前さんはきっと我々のことを好いてくれてると思うが、もし敢えて順番を付けるとしたらどうだろうね」
『じゅんばん?』
「そう、順番だ。順位と言っても良い。まあ早い話が、バンブルビーが一番好きなのは誰だろうってことさ。サイドスワイプ? アイアンハイド? オプティマス・プライム? それとも私だろうか」
しんと、ディエゴ・ガルシア島海軍基地格納庫の片隅に、俄に重苦しい沈黙が落ちる。皆固唾を呑んで、バンブルビーの答えを待ち侘びた。
恐らくバンブルビーにとっては、酷く唐突な問いかけであったに違いあるまい。さて、突然こんなことを聞かれて、困惑するだろうか、悩むだろうか、それとも照れるだろうか。少なからぬ期待と共に――――困ったり、悩んだり、はにかんだりするバンブルビーは、言うまでもなく大層可愛らしい――――見つめていた彼らの前で、しかしバンブルビーが示した反応はそのどれでもなかった。彼はほんの数秒黙り込んだかと思うと、そっぽを向いてしまったのである。ぷいっ、とか、つーん、とか、そんな感じのオノマトペが当てはまるような仕草で。
推察せずとも一目で分かる。バンブルビーは不機嫌だった。拗ねていたと言っても良い。先ほどまでの上機嫌は、すっかりどこかに行ってしまっていた。勿論拗ねた仕草も可愛いが、今問題視すべきはそーいうことではない。
困るか、悩むか、恥ずかしがるか。様々な反応を想像し想定してはいたものの、拗ねる、機嫌を損ねるというのは些か以上想定外で、ラチェットは少なからず困惑した。勿論他の面々が冷静なわけもなく、サイドスワイプは驚き、アイアンハイドは焦り、オプティマスは狼狽していた。
「ば、ば、ば、バンブルビー?」
「何だよ、どうしたってんだ、おい」
オプティマスが呼び、サイドスワイプが問い掛ける。そんな彼らを見向きもせず、バンブルビーは電子のメッセージを放った。
『おいら、みんなきらい』
と。
そのときほんの一瞬、しかし確実に、彼らのスパークは光を失った。アーシアン的に表現すれば、「心臓が止まった」。バンブルビーの一言には、それだけの破壊力があった。
「……あー、バンブルビー?」
嘗てフーバーダムで氷漬けにされていたメガトロンさながらに凍り付いてしまった面々の中で、一番最初に解凍したのはラチェットだった。しかしだからといって、彼がまるきり平静だったわけでは決してない。ラチェット自身、普段と変わらぬ声が出たことに内心安堵してしまったくらいだ。
「今、なんと?」
無論彼の脳内プロセッサには先ほど送信されてきたバンブルビーのメッセージは――――そしてその爪痕も――――今も尚しっかりと残っているわけだが、それでもラチェットはそう確認せずにはいられなかった。全くらしくないことに、彼は「何かの間違い」という可能性に、一縷の望みを捨て切れていなかったのである。
だが彼の明晰な頭脳の一部分は、結局のところその望みが如何に儚いものかということを理解していたし、実際その理解は至極正しいものだった。……とても残念なことに。
pardon? と聞き返されたバンブルビーは、やはりつーんとそっぽを向いたまま、その恐るべきメッセージを再び放った。
『おいら、みーんな、だいっきらい!』
と。
そして再び息を呑む面々の驚愕や絶望も知らず、彼は更に言葉を重ねる。ひたすら無邪気に。
『だって、みーんな おいらを こどもあつかいしてばっかり。
さいどすわいぷは おいらのこと ガキだガキだって からかうし。
あいあんはいどは いつもおいらを ちびってよぶし。
らちぇっとは おいらにばっかり しょっちゅう なのわくちんの ちゅうしゃちらつかせて。おいらがこわがるとおもって ばかにしてるんだろ』
おいら、ちゅうしゃなんて もう こわくないよ!
そうエッヘンと胸を張って主張するバンブルビー(とても可愛い)は、しかし「もう」というたった一つの単語で、少なくとも嘗ては注射が怖かったのだと白状してしまっていることに気付いていない。
大層なご立腹らしいバンブルビーを前に、サイドスワイプらは慌てて言い募る。
「おいおい、なんだよお前、そんな誤解してたのか。俺がお前をからかうのは、そりゃバンブルビー、お前が可愛いからだって。親愛の情ってやつさ」
「そうだ。別に馬鹿にしてるわけじゃあないぞ」
「全く、その通りだとも。バンブルビー、全てはお前さんを可愛く思えばこそだ」
アイアンハイドの言葉尻に被せるようにしてラチェットが主張すれば、
「お前のそれは明らかに違うだろう!」
「あんたのそれはそうじゃねえだろ!」
ステレオで怒鳴り散らされる。その大音量に、ラチェットは思わず顔を顰めた。無論その表情の理由は煩かったからだけではなく、斯様に否定されるのが不本意だったからでもある。
そう、全く不本意だ。
「……何が違うというのだね」
「「何もかもだ!」」
間髪入れずに怒鳴り返されて、ラチェットの顔はいよいよ苦々しいものになった。
三者の間に漂う空気は極めて険悪になりつつあったが、バンブルビーとオプティマスは気に留めていないようだった。バンブルビーは酔っているからだろうし、オプティマスはそれどころではないからだろう。
なにがどうそれどころではないかといって、オプティマスはいまだ「だいっきらい!」の理由を聞いていないのである。
今更ながらにそのことに気付いたラチェットらは、これはつまらぬ言い合いをしている場合ではない――――こちらの方がよほど重大で面白そうだ――――と気付き、注意深く二人を見守る。
何だろう。何がいけなかったというのだろう。ラチェットに唆されたとはいえ、今日はバンブルビーに彼の望むままバイオエタノールを飲ませてやって、そうだ、確かにさっきまではずっと、戸惑いながらもあんなに機嫌良さそうにしていたのに! なのに何故急に大嫌いだなどと!
と、オプティマスの脳内プロセッサがぐるんぐるん迷走しているのが手に取るように分かった。今に始まったことではないとはいえ、全くバンブルビーにかかると勇名高きかのプライムも形無しだ。
「ば、バンブルビー……?」
『だって』
恐る恐るといった声でそう問い掛けたら、すっかり目の据わったバンブルビーはまた「うぃっく!」としゃっくりを一つ。それから徐に口を開いた。恐らく今のオプティマスの心境は、判決が下される被告人さながらだろう。
『おぷてぃますってば おいらがかーむもーどにはいろーとするたんび 「さみしくないか」とか「こわいゆめを みるといけないから」とか いろいろいって そいねするの。おぷてぃますは ちょっと おいらをあまやかしすぎだと おもいます。おいら そんなに こどもじゃないやい!』
「……オプティマス、それは……」
ちろり、ラチェットは横目で司令官閣下を見上げる。その視線が酷く冷め切った冷たいものになっている自覚は、勿論ある。が、そんな視線を今彼に向けるのはラチェットだけではなく、アイアンハイドやサイドスワイプも同様だった。
「セクハラですよ」
「セクハラだ」
「セクハラだな」
そう皆揃って冷たい声で窘めたならば、
「少なくともラチェット、お前にだけは言われたくない!」
司令官閣下はそう叫んだ。
これもまた、ラチェットには大層不本意であった。
「……ていうか、じゃあバンブルビー、お前一体、誰なら好きだって言うのさ」
サイドスワイプのその疑問は然るに尤もなものだったが、ラチェットは正直、いらんことを聞くなと思った。今のバンブルビーは酔っ払っている。つまり、平静ではない。更に翻ればつまり本心からではないだろうが――――そう思わなければやってられない――――、酔いに任せてとはいえ「大ッ嫌い」などと言われた後に、一体誰に対する「大好き」なんて言葉を聞きたいと思うのか。
生憎、ラチェットに自虐趣味はない。彼は根っからのSだ。
サイドスワイプに問われ、バンブルビーはほにゃんと笑った。その笑顔は言うまでもなく可愛いが、自分ではない「大好き」な「誰か」を思い浮かべたが故の笑顔であることを思えば、ちょっと、……大分、憎らしくもなる。
憎らしい、のは、バンブルビーに好かれている「誰か」だ。
三人の男の胸中に激しい嫉妬の嵐を巻き起こしていることなど露知らず、バンブルビーはほにゃほにゃの笑顔でこう言った。
『おいら、じゃずがすき』
と。
その時、マトリクスの恩恵を受け何とか復活は遂げたものの未だ体調は万全ではないかの御仁が、ラチェットのラボの奥でくしゃみをしたとかしないとか。
全く身に覚えがないにも関わらず、彼はこの翌日から絶え間なくラチェットの辛辣な嫌味に曝され続けることになるのだが、そんな彼の幸と不幸とについてはこの際蛇足であろう。
***
さてその数時間後、オプティマスが
「バンブルビー、この数時間よくよく猛省ししかる後に熟考もしたが、やはり私はお前を甘やかさずにはいられないのだ! 私にとってお前を甘やかすことは即ちお前を愛することであって、お前を甘やかすなと言われればそれはお前を愛するなと言われるに等しい! だが私はお前を愛さずには生きていけない!」
そう号泣しバンブルビーに取り縋る姿があった。「お願いママ捨てないで!」と言わんばかりに。その頃には既にバンブルビーの酔いもすっかり覚めていたので、彼は大いに驚き困惑しながらも、
『おいら、オプティマスに甘やかされるの、好きですよ?』
そう言って頭を撫でてやっていた。全く、どちらが甘やかされているのか分からない姿である。
さて、この騒動を以ていよいよバンブルビーには禁酒令が徹底されることになるのだが、その禁酒令に対し当のバンブルビーが酷く不満げであったこと、更には彼が案外と悪戯坊主であることを鑑みるに、それが破られる日はそう遠くないと思われる。
そして悲劇は繰り返されるのだ。

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