リベンジ設定。映画後。
サイドスワイプ→バンブルビー。「俺に良い考えがある」 by サイドスワイプ
これは如何にも妙案だろう。
と、声に出さずサイドスワイプは自画自賛した。声に出さないのは、なにもあの可愛い――――本当に可愛い――――後輩のように、声帯モジュールがイカレてしまったからではない。彼は今ロボットモードでなくビークルモードなので、喋りたくとも声を出すわけにはいかないのである。
全く理不尽なことに、この地球という惑星では、機械が自由自在に――――つまり、あらかじめ蓄積され構築された会話パターンに頼らずに――――喋るなどということは、あり得ない、あってはならないことらしい。だから致し方なしに、サイドスワイプはこうしてひたすら黙り込んで、そこらに転がっているつまらない鉄の塊の、「普通の車」と同じフリをしているわけだ。
場所は、緑豊かな公園の、噴水にほど近い入り口前広場である。出来れば噴水の傍まで行きたいが、入り口に車止めの石柱があるのでこれ以上は入れない。
更に言えば、この入り口前広場への入り口(実に回りくどい面倒な表現だが、それ以外に言いようがない)にはもう少し間隔の広い車止めが施されていて、サイドスワイプのような普通車両は兎も角、大型車両はこの広場までさえ入ってこれないようになっている。
それが、サイドスワイプを安堵させ自画自賛させ悦に入らせていた。
昨日久し振りの遠征で、オートボットたちはNEST部隊と共に、ディエゴ・ガルシア島からはるばるこのステイツまでやってきた。殆ど残党狩りに過ぎなかった作戦は、さほど手間取ることもなく速やかに且つ完璧に遂行された。基地に帰るのは明朝である。
そしてこれを、好機だ、とサイドスワイプは思った。何の好機といって、あの可愛い後輩を人知れずこっそり町中にでも呼び出して、ささやかながら甘いデートに誘うのに、これは絶好の機会だと。
ディエゴ・ガルシア島は完全な軍用島であり、セキュリティレベルは最高だ。民間人の目を気にすることなくオートボットがオートボットらしく暮らすには適した場所だが、如何せんプライベートはあまりない。格納庫は広大でオートボット全員を収容して尚余りあり、それ故に言い方は悪いが雑魚寝状態になる。それでも女性型のアーシーは何とか個室を宛がわれてはいるけれど、男どもにはそんな贅沢望むべくもない。
しかしながら、何もサイドスワイプは、プライバシーの保全なんてそんな権利を声高に叫びたいのではない。生憎、そんな繊細な神経は持ち合わせていない。雑魚寝だろうがなんだろうが、雨風を凌げればそれで十分だ。
だからサイドスワイプが懸念しているのはそういう繊細な話ではなくて。
(これじゃあちっとも出し抜けやしねえ)
ということである。
マッドフラップとスキッズの加入により最年少ではなくなったものの、それでもまだ十二分に幼いと言える、勇気ある少年兵。
バンブルビー。
どうしてだとかいつからだとか言われると返答に詰まってしまうが、いつからともなく、サイドスワイプはバンブルビーを愛しく想っていた。小さく軽い体にはち切れんばかりの勇気を秘めて、ひたむきで朗らかで明るく優しくて。人生の殆どをこの過酷な戦場で過ごしながら、彼があの純粋さやある種の無垢を失わぬまま生きているのは、いっそ奇跡だとサイドスワイプは思っている。あの天真爛漫な笑顔に、何度励まされ癒されたかしれない。
サイドスワイプはバンブルビーが可愛い。正直、可愛くて可愛くて堪らない。
その気持ちに嘘はないが、生憎サイドスワイプはバンブルビーと違って既に成熟した大人の牡なので、可愛い愛しいと想う気持ちには漏れなく欲もついてくる。それは、そう、性欲とか劣情とか呼ばれる類の衝動が。
それを恥じるつもりはないが、何分相手は初心なバンブルビーである。彼を口説き落とし寝技に持ち込むのは、さぞや骨が折れるだろう。
でもその困難さを愉しみに思える程度には、サイドスワイプはバンブルビーに惚れ込んでいた。
が。
ここに問題……というか障害が一つ。……いや、複数。
純粋で純真、素直でひたむきで朗らかで優しい。そんな彼を可愛いと思うのは、やはりサイドスワイプだけではないらしく。
バンブルビーには、やたら保護者が多いのだ。しかも居並ぶのは、一人の例外もなくそうそうたる面子である。サイドスワイプの師匠たるアイアンハイドは勿論、ある種の恐怖支配をしている軍医ラチェット、果ては英名高き司令官オプティマス・プライムまで。これはちょっと、……大分、かなり、ものすごく、手強い。
克てて加えて、生活環境がアレである。あの島は良いところだが、あそこにいる限り密やかな逢瀬なんて夢のまた夢だ。
そんなところに降って湧いた、ステイツへの遠征である。しかも作戦の後身を寄せた基地は、比較的市街地にほど近いと来ている。
これを好機といわずしてなんという。
サイドスワイプは即座にあたりの地理地形を調べ、そして密かにバンブルビーにメッセージを送った。曰く、
”PM5:00、公園噴水前にて”
と。
バンブルビーほどではないが、サイドスワイプの体躯も大型にはほど遠い。昔は戦いの中でこの体の小ささ故に苦汁を舐めることもあったが、それがこんなところで活きるとは思わなかった。
サイドスワイプのビークルモードは、この地球では普通車両にカテゴライズされる。
普通。
普通、である。
普通というからにはつまりごく一般的な車両であり、それ故に市街に紛れ溶け込むのは容易い。こんな閑静な住宅街でも、その特性は発揮される。
こんなところに猛々しいピックアップトラックや救急車仕様のハマーや、ましてやファイヤーデカールも目に眩しいトラクターヘッドなどが来ようものなら、もう目立って目立って仕方がない。悪目立ち極まる。
その上、あの大きな車体では、この入り口前広場まで入ってくることも出来ないのだ。
彼の名誉のために言うならば、サイドスワイプは、何もそれほど疚しいことを考えていたわけではない。何分バンブルビーにはまだこの気持ちを伝えてもいないことだし、ちょっとぶらりと町を流しがてらデートでもして、どこか眺めの良いところで夕暮れでも眺めて、雰囲気が良ければ告白になだれ込み、それが上手くいってキスの一つでも出来ればめっけもの。
……という、些か夢見がちで都合の良すぎるプランを立てていたに過ぎない。
しかしその夢は、如何にも夢らしく脆く儚く崩れ去った。
極東のどこだかにある島国では、人の夢と書いて儚いと読むらしい。
なんて何の役にも立たない豆知識が、サイドスワイプの脳裏を空しく過ぎった。
認識不足といわれればなるほどそうだろう。彼はちゃんと、愛しのカマロを庇護下に起きたがっている保護者たちが、揃いも揃って手強いことを認めていた。しかし保護者らの手強さは、サイドスワイプの想定の、遙か上を行っていた。……ちょっとナナメの方向に。
儚くも夢散ったサイドスワイプの視線の先には、トラクターヘッドとピックアップとハマーが、威風堂々と広場へ進入してくる光景があった。
驚愕に目を剥く家族連れの視線に臆することなく、車止めの石柱など躊躇なくなぎ倒して。
ああ迂闊だった。サイドスワイプは心底思った。
喩えクローズドの回線だろうが、何重のセキュリティガードを掛けようが、バンブルビーに送信されるプライベートメッセージを、あの、あの軍医が探知しない訳がないじゃないか、と。
遅ればせながら気付いたサイドスワイプは、このまま、クマに遭遇した人間が死んだふりをするが如く「普通の車」のふりを押し通すか。
それとも、機動力にものを言わせて取りあえずこの場から逃げ出すか。
今正に、究極の選択を迫られていた。
しかしいずれを選択するにしても、恐らく終着点は同じである。
彼の行き先を指し示す矢印カンバンには、おどろおどろしい赤インクでこう書かれているに違いないのだ。
「おいでませ。こちら地獄の一丁目」
と。

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