リベンジ設定、映画後。
オプティマスの「バンブルビーやきもち大作戦」。
お題消化大失敗ですすみません。
先日来、オプティマスはある一つの考えに囚われていた。
「バンブルビーに嫉妬させてみたい」
という誘惑に駆られ、すっかりその虜になっていたのだ。
平和とは言うまでもなく尊く素晴らしいものだが、平和だからこそオプティマスがこのようなしょーもない(とは、本人微塵も思っていないあたりがまた大問題)欲求に溺れてしまったことを考えると、些か考え物でもある。困ったことに、平和というのは屡々退屈をも含有するものなのだ。
そして、平和故の退屈という、プライムにとってはこの上なく贅沢な時間に耽溺するうち、彼の頭にひらめくものがあった。
「これはいい考えだ。……とてもいい考えだ」
頷きつつ、オプティマスは呟いた。哀しいかな、彼の「良い考え」が恐るべき高確率で「困った結果」の伏線になりうることを、オプティマス本人だけが自覚していない。
***
さて、斯様に困った特性をも持っているオプティマスであるけれども、少なくとも彼はその人格においてはプライムの名に恥じぬ、実に素晴らしいリーダーなのだった。高潔で、聡明で、慈悲深く、包容力がある。オートボットのメンバーで、彼を尊敬していない者など誰一人としていない。それはアーシーとて例外ではない。彼女もまた他の面々と同様、心の底から彼を敬愛している。
その気持ちに偽りはない。
……のだけれども。
「どうだろう。すまないがアーシー、協力して貰えないだろうか」
「ええ、オプティマス、協力するのは構わないんですけど、でも……」
多分、上手くいかないと思います。
……と告げるべきか否か、アーシーは非常に悩んだ。そして悩んでいるうちに、オプティマスに満足げに頷かれてしまった。アーシーは自分が彼に忠言できる機会を完全に失ったことに気付き、内心でため息を噛み殺す。
「……それで私は、一体何をすればいいのでしょう?」
「何、大したことではないのだ。バンブルビーの前で、私と話し込んでくれればいい。出来るならば、そう、少しばかり親しげに」
ああ、また、よりにもよってそんな単純な!
咄嗟にそう声を上げなかった自分を、アーシーは褒めてやりたいと思った。心底思った。なのにその英断と努力を褒めてくれる者も労ってくれる者もいないので、一頻り自分で褒め労っておく。
確かにオプティマスは極めて聡明な指揮官だけれど、奸計の類には全く長けていない。善良という美徳に、些か恵まれすぎているのだ。
でも、だからって、嫉妬させるための手だてが「他の誰かとちょっと仲良く話し込む」だなんて。もっと他にないのだろうか。あのツインズだって、きっともっとずっと狡猾で上等な作戦を立てるだろうに!
(ともあれ、一度試せばお気も済むでしょう。……その後が問題だけど)
既に上手くいかないことを大前提に考えている、そんなアーシーを責めるべきではない。彼女が悪いのではない。当然の帰結というものだ。
恐らくこんな手は上手くいかない。いくわけがない。その結果をオプティマスがどう受け止めるか、それが問題である。何しろ相手が溺愛してやまないバンブルビーであるから、彼に腹を立てるようなことはないだろう。が。
(多少は落ち込まれるわよね、きっと)
果たして「多少」で済むだろうか。そんな疑問も浮かんだが、アーシーはつとめてそれから目を逸らして気付かぬ振りをした。突き詰めると、恐い予想にぶち当たりそうな気がしたからだ。
オプティマスのことは心から尊敬しているし、バンブルビーは弟みたいで可愛い。二人の恋は是非とも上手くいって欲しいと、これだけは掛け値なしに、アーシーは真摯にそう思っていた。特にオプティマスは、プライムという名の下に背負うものが多すぎる。せめてプライベートでくらい、プライムの名から離れ、一人のセイバートロニアンとして幸せになって欲しい。
そしてバンブルビーが彼の傍らで彼に笑いかけている限り、それは可能なのだ。
第一、可愛いじゃないか。何とかバンブルビーにヤキモチをやいて貰いたくて、慣れない策略なんてものを巡らせているプライムなんて。
だからその策略が些か以上稚拙なのは、この際ご愛敬だろう。……多分。
「ええ、分かりました。協力します。私に出来ることなら、何でも」
少しばかり苦いものを含有した微笑ましい気持ちで、アーシーは結局そう請け負ったのだった。失敗した後、落ち込むオプティマスをどう慰めるか考えながら。
***
……だから、そう、上手くいかないことなど最初から分かっていたのだ。アーシーだけじゃない、オプティマスが発案したその作戦(と呼ぶのも烏滸がましいと思う、正直)を知ったら、誰だってそんなの上手くいきっこないと瞬時に悟るはずだ。……少なくとも、オプティマス本人以外は。
つまり結論だけ簡潔に述べるならば、作戦は見事に失敗だった。
オプティマスが立てた作戦通り、アーシーとオプティマスが「少しばかり親しげに」「話し込んで」いるところに、バンブルビーはやってきた。恐らく、あらかじめ呼ぶか何かしてあったのだろう。
まずバンブルビーは、時間を改めて来ようかどうしようか悩んでいる風だった(いい子だ)。それでも一応、来訪したことだけは告げるべきだと思ったのだろう、怖ず怖ずとメッセージを送ってきた(とてもいい子だ)。
『あの、オプティマス』
オプティマスは、そのメッセージで初めてバンブルビーの存在に気付いたとでもいうような素振りをして見せた。あまり成功しているとは言い難かったけれど。
「おお、バンブルビーか。すまないが今アーシーと話しているのだ。少しそこで待っていてくれないか」
(ああ、オプティマス! バンブルビーが心底可愛くて仕方がないのは分かります、分かりますけど、そこはもっと素っ気なく言わなきゃ……! そんなでろんでろんに甘ったるい声で言っちゃ台無しです! バンブルビー可愛い愛しい可愛いって気持ちがダダ漏れしてます!)
よもや「バンブルビーにヤキモチを焼かせる」という当初の目的を見失っているのかとも思ったが、いくら何でもそれはあるまい。オプティマスは、これが素なのだ。良くも悪くも。
『はい、オプティマス』
当然、バンブルビーはおとなしく頷き、その場に控えた。聞き分けなく駄々を捏ねるどころか、一歩下がり、極力邪魔にならないようにと気配まで忍ばせる気の配りよう。
まずい。アーシーは心底思った。
まずい。非常にまずい。オプティマスが、目に見えて萎れてる。三日も水を貰えなかった花みたいに。
(ああ、バンブルビー、あなたって本当になんていい子! いい子なんだけど、なんだけど、今この場においてはその態度は不正解なのよ……!)
『バンブルビー、ねえ、ちょっと、ちょっとだけで良いから、「オプティマス、早く」とかなんとか、駄々を捏ねてみない?』
堪りかねて、クローズドの回線でそうメッセージを送ってみる。したらば、バンブルビーに心底不思議そうに首を傾げられてしまった。
『どうして? そんなことしたら、オプティマスを困らせちゃう。おいら別に、ちょっと待つくらいなんでもないよ』
この殊勝さ、慎ましさときたらどうだ。あの双子に見習わせたいくらいだ。だが今に限って言えば、あの双子の我が儘さこそ、アーシーはバンブルビーに見習って欲しかった。今この時だけでいいから。
でも、そうしないからこそバンブルビーはバンブルビーなのだろう。
(ああ、やっぱりあなたってとってもいい子!)
そう感嘆すると同時に、アーシーはこの「バンブルビーやきもち大作戦」が失敗に終わったことを悟った。それは殆ど想定していたとおりの結果だったけれど、それでもアーシーは些かの落胆を覚えずにはいられなかった。
ましてや、発案者たるオプティマスの落胆となれば如何ばかりか。想像すると、何やらアーシーまで暗澹とした気分になってしまう。
とてもじゃないが、オプティマスの顔なんて見られなかった。
***
「おい、アレは一体なんだ。どうしたんだ」
最低限まで声を潜めたアイアンハイドに問われ、アーシーはため息を吐いた。彼らの視線の先には、膝を抱えて格納庫の隅に座り込んだ、我らが司令官の背中がある。ただの背中じゃない。えらいこと深い、深い闇を背負った背中だ。
まるでこの世の終わりみたいに。
「見れば分かるでしょう。オプティマス・プライムよ。今に限定すれば、凄まじく、奈落の底まで落ち込んだオプティマス・プライムよ」
「……バンブルビーか」
「バンブルビーですとも」
それ以上の会話は必要なかった。二人とも、彼があそこまで尋常でなく落ち込むとしたら、その原因は彼でしかあり得ないことをよく承知していた。何分、付き合いが長いので。
本当に、長いので。
「一応聞くが、バンブルビーが悪いわけじゃあないんだろう?」
「ええ、あの子は悪くないわ。ちっとも、全然、一欠片も」
「……だろうな」
そしてまた、今度は二人揃ってため息。さて、この顛末にどう始末を付けたものか。彼らは一頻り頭を悩ます羽目になった。しかしこれもまた、日々が平和だからこその贅沢な憂鬱。……なんて甘受する気には、生憎到底なれない。対ディセプティコンの軍略でもそう滅多にはお目にかかれないような難問に、彼らの回路は焼け焦げそうだった。
格納庫内にささやかな騒動が勃発したのは、正にそんな時だ。震源は言わずもがな、マッドフラップとスキッズの双子である。
「オマエ、おれより三分も長くシャワー浴びたナ!?」
「騒ぐなよ、おれがそうしてくれって言った訳じゃない、あいつらがおれの方をおまえより長く洗いたがった、それだけのことだろ? 何しろ、おれの方がおまえよりずっと男前だからな! そりゃ洗い甲斐もあるってもんさ」
「アタマ悪いこと言うナヨ! おれたちは双子なんダ、オマエが男前だってんなら、おれだって男前サ!」
埒もない罵りあいだけならまだ可愛げもあるのに、彼らと来たらつかみ合い、殴り合い、終いには重火器まで持ち出す始末。しかもその喧嘩の理由たるや、NEST兵士による洗車時間の長短についてらしい。
なんて下らない! と、ツインズ以外の誰もが思った。
「ああ、クソ、こんな時にあいつらと来たら……」
そう言って、アイアンハイドが忌々しげに唾棄する。アーシーも今ばかりは、その仕草を下品だと窘めたりはしなかった。それどころか、アーシーだって思い切り舌打ちしたい気分だった。
オートボットの中でも最小・最軽量であるツインズの小競り合いは、オートボットたちにとってはごく小規模で単純な喧嘩に過ぎないが、地球人である兵士たちにとってはそうではない。たちまちのうちに、格納庫は阿鼻叫喚の坩堝となった。
喜んでその任を負っているかどうかは定かではないが、いつの間にかすっかり双子の教育係に定着してしまったバンブルビーが、慌てて二人に駆け寄る。多分この後マッドフラップとスキッズは、彼に頭を掴まれおでこどうしをゴチンとやられて、格納庫の外までぽーんと放り捨てられるのだろう。毎度毎度、ただ一度の例外もなくそうなるのだ。全くよく飽きないものだと、アーシーは呆れた。
だがしかし、今日はそのルーチンを辿らなかった。バンブルビーよりも早く、彼ら双子を諫めたものがあったのだ。
誰あろう、かのオプティマス・プライムである。
「二人とも、いい加減にしないか」
低い声だった。まるで、仇敵たるディセプティコンに投げつけるみたいな。
その声、そしてそのまなざしのおどろおどろしいまでの迫力に、さしものツインズも息を呑んで黙り込む。ましてや、そんなオプティマスに抱え上げられては尚更だ。
右腕にマッドフラップ、左腕にスキッズ。それぞれを抱え、オプティマスは彼らを胸元近くまで持ち上げた。スタイルとしては抱っこだが、実情はそんな微笑ましいものじゃない。すっかり震え上がってしまった双子の沈黙が、その恐怖を物語っている。あの恐るべきデバステーターにさえ勇敢に立ち向かっていったツインズが、声もなく怯えているのだ。
「喧嘩するほど仲が良いとは言うが、その喧嘩で人間たちに迷惑を掛けることはあってはならない。彼らは我々のよき友であり、殊にこの基地の兵士諸君なしには、今日の我らはあり得ないのだから。
分かったら、これからはあのような喧嘩などしないことだ。どうしてもしたいというなら止めはしないが、その後どうなるか、……分かっているな?」
「「ハイ、ワカリマシタオプティマスプライム」」
ああ、あんな殊勝なツインズを、嘗て見たことがあっただろうか。
落ち込んでいるときのオプティマスの機嫌を、更に損ねるような真似だけはしてはならない。決して。
少しでも己の命を惜しむ気持ちがあるなら、絶対に。
そんな教訓を、アーシーは深く胸に刻んだ。恐らく、隣で呆然と佇むアイアンハイドも。
だがそんな彼らの視界を、猛スピードで横切る影があった。
暗い色合いばかりの格納庫内で、一際目に鮮やかなブライトゴールド。バンブルビーだ。彼はオプティマスの足下まで駆け寄るや、ファイヤーデカールに彩られたその逞しい脚に、ひしとしがみつく。
あまりに突然な彼の行動に、驚いたのはアーシーやアイアンハイドだけではない。恐らく抱きつかれた当のオプティマスが、誰より一番驚いていた。
「バンブルビー?」
戸惑い呼びかけるオプティマスをキッと見上げ、バンブルビーはメッセージを放った。味気ないばかりであるはずの電子信号は、彼が放つとこの上なく雄弁で、感情豊かだ。
そんな風にして、バンブルビーは叫んだ。それは確かに叫びだった。
『オプティマス、いやです。おいら以外を、抱っこしないで!』
「おお、バンブルビー……!」
感極まって今にも震えださんばかりの声で、オプティマスは愛しい恋人の名を綴った。そして凄まじい威力で、腕の中のツインズをブン投げる。
「「ァ――――――――――――――――――ッ!!」」
刮目すべき正確性で開けっ放しの扉をくぐった赤と緑の二つの影は、そのまま芸術的に美しい弧を描いて飛び、あっという間に皆の視界から消え去った。恰も二つの星になったが如くに。そして彼らの悲鳴もまた、ドップラー効果をこの上なく体現する見事さで遠ざかり消えた。
空が青かった。
目に痛いほど。
その場にいた誰もが、アーシアンとセイバートロニアンの垣根なく誰もが、もう既に見えなくなった二つの影を、声もなく呆然と見つめ続けた。彼らのうちの誰一人として、あんな見事な遠投を見たことがなかった。メジャーリーガーも真っ青だ。
(遠洋まで……行ってないといいのだけど)
アーシーは、心の中で力なく呟く。
ツインズとて勇名高いオートボットの一員なのだから、多少手荒に放り投げられたくらいでは怪我などすまい。……多分。問題は距離だ。
果たして彼らは、これから日が暮れるまでに、このディエゴ・ガルシア島まで戻ってこられるだろうか。帰ってきたら、……帰ってきたら、暖かく迎えてやろう。そして労ってやろう。本当に、心から。
「バンブルビー、すまなかった。ああ、これより先、誓って私が抱き締めるのはお前だけだとも!」
そう言ってオプティマスは跪き、恭しく大切そうに、それでいて力強く、小さな黄色い体を抱き締める。まあその顔の、幸せそうなことといったら!
『見たかねアーシー、バンブルビーが嫉妬してくれたぞ!』
クローズドの回線で投げかけられたメッセージに、アーシーは目を閉じて頷いた。
『良かったですね。おめでとうございます、オプティマス。……ええ、本当に』
そして祝福を述べる。そうする以外に、彼女に一体何が出来たろう。
「……なあ、アーシー」
「なにかしら、レノックス少佐」
「今のバンブルビーのアレは……その……なんというか……大好きなダディを弟に取られたお兄ちゃんの嫉妬にしか見えなかったんだが……。なあ、これは俺の目が曇ってるせいじゃないよな?」
種族を越えた仲間であるアーシアンに怖ず怖ずと問われ、アーシーはしたり顔で応えた。
「世の中には、知らないでいた方が幸せなことってあるものよ、レノックス少佐。……しかも、とてもたくさん」
その永遠不変の真理に対し、レノックスが異を唱えることは勿論なかった。
女は強い。
そんな彼の呟きもまた、永遠不変の真理の一つだった。

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