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Transformers Unofficial Fanfiction blog

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アーク号にて。
ラチェット先生とジャズの攻防。






横たわったままの肩をぽんと軽く叩かれる。それがメンテナンス終了の合図だった。ジャズはやれやれと大仰に肩を竦めながら体を起こし、メディカルベッドの端に座る。
「クソディセップどもとやり合ってどこかに負傷でもしてるなら兎も角、すこぶる健康な時にこの硬いベッドに寝っ転がってあんたに体中調べ回られ弄くられるってのは、何度経験してもぞっとしないな。
 第一、あんただって面倒だろうに、センセイ」
揶揄混じりに語りかけても、ラチェットの表情はまるで変わらない。ただ彼は慣れた手つきで滑らかに、点検に用いた無数の器具を片付けていく。
「生憎これが私の任務だからな。面倒だなどと思ったことはない。定期的なメディカルチェック及びメンテナンスは、必要且つ有用なのだから尚更だ。お前とて、ディセプティコンとの戦闘を面倒だと思ったことなどあるまい?」
「面倒臭ェとは思わないが、このクソッタレのクソどもめとは思ってるぜ、いつもな」
「それは奇遇だな。実は私も、お前たちがいつも往生際悪く私の診察をいやがる度、同じようなことを考える」
淡々とした口調で吐き出された辛辣な嫌味に、しかしジャズは声を立てて笑った。今更そんな嫌味にへこむほど繊細ではないし、腹を立てるほど青臭くもない。
「そいつは全くご愁傷様だ。
 けどなラチェット、あんたの徹底したチェックを受けてる間、ともすれば強制的にカームモードに入らされて、人形よろしくあんたの好き放題、なすがままになっちまうんだ。抵抗したくなる気持ちもちょっとは分かってくれやしないか」
ジャズがにやりと嗤ってそう言えば、ラチェットが振り向いた。そこで漸くまともに二人の視線が合う。そして視線を合わせたまま、ラチェットはすうっと双眼を眇めて見せた。
「人聞きの悪いことを言わんでもらおう」
「高潔な軍医殿には、疚しいことなんざ何もないって?」
「そこではない」
そこではない? 想定外の返答にジャズが黙り込んだ瞬間をねらい澄ましていたかのように、ラチェットがにやりと嗤う。
「いくら眠っていようと、お前みたいにかわいげのないのを相手に人形遊びに興じるほど、私は悪趣味ではない」
不覚にも、ジャズは些かばかり虚を突かれた。
無論、それでも間抜け面を晒すような愚は犯さない。生憎、ジャズはそれほど愚直でも暗愚でもない。彼はすぐに立て直し、殊更挑発的に嗤って見せた。
「おいおいセンセイ、そいつァちょっとマズイんじゃないか? その言い方じゃァ、俺みたいなかわいげのないのが相手じゃなけりゃ、疚しいこと満載の人形遊びにさんざっぱら興じまくってます、って聞こえるぜ?
 ……そう、例えばビーみたいな、有り余るほど可愛げに溢れたヤツ相手なら、ってな」


そのジャズの挑発に対し、ラチェットは否とも諾とも応えなかった。彼がしたことと言えば、ただ意味深な笑みを浮かべたことだけ。
「……おい。おいおいおいおい。マジかラチェット」
そしてそれを、ジャズは肯定と認識した。確証はないが確信していた。
「あんた一体、あいつに何をしてくれたんだ?」
口調は相変わらず軽佻だったが、声の鋭さがそれを裏切っている。そしてラチェットに向ける視線もまた、研ぎ澄まされたナイフの切っ先のように鋭い。
「何のことだね?」
「冗談じゃねえぜ、ラチェット。ここまできてすっとぼけるのはナシにしようや。それとも、あんたがバンブルビーのことをどんな目で見てるか、俺が気付いてないとでも思ってるのか?」
「ほう、興味深いな。どんな目だというのだ」
「……そうだな。喩えて言うなら、オールスパークを前にしたメガトロンさながらの目さ」
軽薄な口調に苛烈な毒をふんだんに混ぜ込んで言い放てば、初めてラチェットの顔が歪んだ。不愉快で堪らないという風に。
しかしそれを、してやったりと悦ぶ気にはなれない。残念ながらジャズにも、今はまだそれほどの余裕がない。
「随分と酷い言い様じゃないか」
「気も狂わんばかりに欲しくて欲しくて堪らないモノを見る目ってこった。間違っちゃいないだろ?」
「ほう」
ラチェットが顔を顰めても、特段面白いとは思わない。しかしこうも早々に復活してにやりと嗤われては、面白くないとは思う。大いに思う。
ましてや、
「それはつまり、ジャズ、お前と同じ目ということだな?」
などとしたり顔で言われては。


しかしだからといって、その言葉にジャズが酷く腹を立てたり不快感を催したかといえばそうでもない。確かにジャズは、バンブルビーに惚れていた。全く愚かしいと自嘲してしまうほど、バンブルビーのことが可愛くて愛しくてならなかった。しかも、その自嘲すらどこか甘ったるいのだから手に負えない。
彼へと向かう恋情を殊更に誇示したことはないが、さりとて、必死になって隠し立てしているわけでもない。まるっきり初心で恋愛ごとに疎い当人は気付いていないが(これについては喜ぶべきか悲しむべきか、ジャズ本人にも判然としない)、ラチェットのように聡い男であれば気付いていて当然だ。
つまり、ジャズがラチェットのそれに気付いていたのと同様に。


しかし、そんなことはどうでもいいのだ。今一番問題視すべきは、ジャズの恋情と欲情の行方についてではない。
そうではなくて。
「あんたがバンブルビーに一体何をしたかは知らないが、そいつァまずいだろうよ、センセイ。確かに俺らは戦士であって騎士じゃァない、だから紳士協定なんて綺麗事を持ち出す気はない。
 だがそれにしたって、意識のない相手をどうこうするってのはクールじゃないな」
ジャズは注意深く、ラチェットを観察した。彼は余裕綽々という風に嗤っているわけではないが、追い詰められて顔を顰めているわけでもなかった。掴み所のない無表情は、彼の感情や思考を容易には悟らせない。
「あんたのその悪行を、……そうだな、例えば、ビーを溺愛してやまないオプティマスあたりが知ったら、あんたはあいつに関しちゃ永遠にオプティマスの信頼を失って、この先二度とあいつと二人きりにはなれないだろうな。勿論この定期チェックも、最初から最後まで保護者様の監視付きになること請け合いだ」
そこで漸く、ラチェットから反応があった。尤もそれさえ、ふむ、と小さく頷くだけという、実にささやかなものであったけれど。
そんな風に頷いて、そして彼は漸く口を開いた。
「それは些か以上に喜ばしくないな。全く歓迎しかねる事態だ」
「そういうのなんて言うか知ってるかい、ラチェット。自業自得ってんだぜ」
因果応報でも可。
そう言ってにやりと嗤っても、ラチェットは揺るがない。荒ぶることなどなければ、焦ることもない。正直、ジャズにはそれが少しばかり面白くない。訝しくもある。一体何を企んでいる?
「ご忠告は痛み入るが、生憎そう簡単に諦めるなど私の趣味ではないのだ。最悪の事態を回避するためには、最大限の努力を払うべきだろう。……そして多少の犠牲もな」
「ラチェット?」
「どうだねジャズ。ここは取引といこうではないか」


「何だって?」
ジャズは耳を疑った。
「取引?」
「そう、取引だ」
「あんた、俺を懐柔しようってのか」
「懐柔とはまた人聞きの悪いことを。正当な取引さ。等価交換というやつだ」
はっ、と、ジャズは唾棄するように笑った。不快だとは思わないが、滑稽だとは思った。どんな言葉で飾り立てようが、懐柔は懐柔だ。持ち掛けられたジャズがそう感じたのだから、ラチェットの真意がどうあろうと関係ない。
「俺がそんな甘言に乗ると?」
「思っているとも。でなければ持ち掛けない」
「俺もナメられたモンだな」
「いいや、私はお前を見くびってなどいない。極めて正当且つ的確に評価していると思っているよ。だからつまり、……私にそれだけの犠牲を払う覚悟があるということだ」
いよいよジャズは訝った。澄んだブルーのバイザーの下で顔を顰める。
「犠牲とはまた穏やかじゃないな」
「感傷的で些か独善的な要素を廃し簡潔に表現すれば、取引材料と言うべきだろうな」
「ほう、あんたの悪行を黙ってる代わりに、あんたは俺に一体何をくれるっていうんだ?」
にやり、ラチェットが嗤った。あざといほど悪辣に。
「データだよ、ジャズ」
「……データ? 何のデータだ」
「珍しく鈍いな、副官。私の、秘蔵の、彼の、データだ」
一瞬、それと分からないほど微かに、けれど確かに、ジャズは息を呑んだ。データ。可愛い可愛いバンブルビーの、データ。恐らくジャズが嘗て見たこともない、しどけなく無防備なバンブルビーの、あれやこれやの、データ!
悪の誘惑とは、ただ一つの例外さえなく、斯くも甘美なものか。
負けるものか唆されたりするものかと思いながらも、ジャズの口は理性とは真反対の単語を口走る。
「………………ホログラフ?」
にやり、軍医はまた嗤った。
「初回特典だ。音声もつけよう」


斯くしてジャズは陥落した。


     ***


ラボで一人、ラチェットはゆったりと椅子に腰掛け目を閉じた。
上手くいったとほくそ笑む半面、些かばかり業腹でもある。誰の目にも触れさせるつもりのなかった彼の艶姿を、ほんの数分間とはいえジャズに披露する羽目になったのは誤算だった。
……数分。
そう、数分である。
ジャズに渡したデータには、ある細工をした。再生してほんの数分は問題ないが、その数分が過ぎればその後はただの砂嵐である。しかもそのまともな数分間も、再生可能回数は一度きり。二度目はない。そういうバグを仕込んでやった。
今は私室に籠もっているだろうジャズの、口汚い悪態が聞こえてくるようだ。ラチェットは喉を鳴らして嗤った。
きっとあといくらもしないうちに、ジャズがラボに乗り込んでくるだろう。だがあの取引が成立した時点で、既にラチェットの勝利は確定したのだ。恐らくまたジャズはオプティマスへの「報告」を楯に脅しを掛けてくるだろうが、その時はラチェットの方からも脅してやるだけである。
「取引は破談か。それは残念だ。ならば私からも、プライムに報告させて貰おう。
 ジャズは当初、私が持つバンブルビーのデータと引き替えに、この件について沈黙するという密約を取り交わしていたことを」
とでも。
考えるまでもない。結果は見えている。


しかしそれにしても、聡明さも狡猾さも持ち合わせたあの若き副官が、よくもこんな分かりやすい罠にはまったものだ。永久再生可能なデータを取引材料に使うなら、それは「多少の」犠牲などではない。大いなる犠牲というのだ、そのレベルは。勿体なくて、到底くれてやれやしない。
実際、たかだか数分間だって、ラチェットにしてみれば最大限の譲歩である。その価値が分からない彼ではなかろうに。
恋は斯くも人を愚かにするという好例か。
それに第一、ジャズは一つ考え違いをしている。一体ラチェットは一度でも、「意識のない」バンブルビーに悪戯をしたと言っただろうか。
(そもそも、悪戯という表現が気に喰わんな。
 あれらは全て、正当且つ真っ当な恋人同士の睦み合いと言うべきだろう)
尤も、あれらの行為の全てを、ラチェットが一つ残さず詳細且つ鮮明にこうして記録に残していることを、あの幼い恋人は知らないし、知れば恐らく烈火の如く怒るだろうが。
だからこれらのデータは、記憶領域の奥深くに、何重ものセキュリティをかけて秘匿しておく。こんな不本意な流出など、二度と再び赦さない。


真実の恋は密やかに育みまた愉しむべきもの。
それが彼の美学なのだ。

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