リベンジ設定、映画後。
サイドスワイプ → バンブルビー。
サムとサイドスワイプのウェブチャット。そして彼らそれぞれの受難。
その夜、チャットルームにログインしてきた相手の名を見た途端、サムは大層訝しげに眉を顰めた。
「……サイドスワイプ?」
なんで?
というのが正直な感想である。
サイドスワイプはオートボットの一員で、確かにサムにとっては戦友といえる立場ではあるものの、如何せん、彼との個人的な付き合いなど皆無に等しい。せいぜい、二言三言言葉を交わした程度だ。友と親しく呼べるほどの仲ではなく、正直、サムの感覚としては友達の友達くらいに、近いようでいて遠い存在だった。
そんなサイドスワイプからの、わざわざのご指名である。一体何事かと、サムが訝しく思うのも当然だろう。
何か良くない知らせかとも思ったが、もしそんな事態に陥れば、サイドスワイプよりもさきに、オプティマスか、さもなくばバンブルビーから連絡が来るだろう。彼らがそれどころでないなら、せめてラチェットかアイアンハイドか。サイドスワイプに限らず、二年前に共闘したのでない面々とは、サムは未だそれほど面識がないのだ。
しかし何があったにしろ、呼びかけに応えないのは礼に反する。……というのは建前で、サムにだって好奇心というものがあった。だから結局サムはいそいそと、パソコンの前に腰を下ろしたのだった。
「ハイ、サイドスワイプ。どうかした?」
ミカエラやバンブルビーを相手にしたときにはない緊張感を覚えながら、サムはそう問い掛けた。口調は親しげだが、声は些か強張っている。サムは基本的に、少しばかり人見知りな質なのだ。
ウェブカメラに映し出されるのは、メタリックのボディも眩しい精悍なメカノイドである。恐らく今夜も、このネットワークの海ではこうして、仮想的な対面による対話が星の数ほど交わされているのだろう。だが、こんな風にエイリアンのロボットとチャットしているのなど、世界広しといえどサムだけであるに違いない。そう思うと、サムはなんとも言えない気分になるのだった。
「悪いな、急に」
「気にしないで。でも、珍しいね。君が、そのー、ぼくに用だなんて」
実のところ、サムが今これほど緊張している、その理由は、持って生まれた人見知りする気質のせいばかりではなかった。
***
思い出すのは、彼らオートボットの拠点が、フーバーダムからディエゴ・ガルシア海軍基地へ移設されると決まったときのことである。その頃、サイドスワイプはまだ地球に来たばかりで、確かサムはちょうどそのときが、彼との初顔合わせだった。
さてそれではそろそろ輸送機に乗り込むとしようか。オプティマスが仲間を促した、そんなときに、バンブルビーが言ったのだ。
「サァアアァム。
“ぼくは君と共にいるよ”
“私は守護者である!”
“そして何より大切なのは、君とぼくとは友人だということだ”
“だから、ぼく”
“みんなとは行かない”」
「バンブルビー……」
ラジオドラマの台詞をつぎはぎして、サムのみならず皆にそう告げたバンブルビーは、酷く、そう酷く決然とした顔をしていて、サムは実はちょっとでなく感動していた。その時既に、サムとバンブルビーの友情は揺るぎなくかけがえのないものになっていたからだ。
多分あの時、オプティマスは既に覚悟していたのだと思う。つまりは、バンブルビーの決意と、それに伴う別離を。
「そうか」
短くぽつりとそう言って、オプティマスはバンブルビーの決断を黙って受け入れた。それでも、随分寂しそうな、切なそうな表情を隠し切れてはいなかったけれど。アイアンハイドやラチェットも同様で、彼らも何一つ異を唱えたりしなかった。
しかしそこで、堂々と文句を口にしたのがサイドスワイプだった。
「行かないだって? おいおい、何の冗談だ、バンブルビー。少数精鋭といや聞こえも良いが、たったこれっぽっちしか頭数の揃ってない状態でわざわざ戦力を分断するなんざ、全く狂気の沙汰としか思えんな」
それから暫くの間は、バンブルビーの主張は専ら彼ら独自の通信チャンネルを介したデジタルメッセージを用いて為されていたようなので、残念ながら地球人であるサムに詳細は分からない。端から見ていると、ボディ・ランゲージばかりを繰り返すバンブルビー相手にサイドスワイプが熱心に話しかけている、なかなかに奇妙な光景である。
サイドスワイプの発言からサムに分かることと言えば、どうやら彼は、何としてもバンブルビーを共に連れていこうとしているということだった。その上サイドスワイプの言い分は、表面上こそ正論であるものの、その下に潜む彼のごく個人的な感情が時折ちらちらと垣間見えている。
つまり理由がどうあれ、サイドスワイプはバンブルビーと離れたくないらしい。
(こんなに揉めるなんて、彼、ビーとそんなに仲が良いのかな?)
さもなくば、サイドスワイプの方が一方的にバンブルビーを好きで好きで堪らない、とか。
考え、サムはアハハと笑い、……沈黙した。すっごくありそうだ、と思ったからだ。なんというか、その、今のサイドスワイプの空回りっぷりというか、バンブルビーのつれなさとサイドスワイプの必死さ、という対比を見ていると。
「いい加減にしないか、サイドスワイプ」
双方折れるつもりが毛頭ないため、永遠の平行線を辿りかけていた応酬を無理矢理に収拾したのは、結局オプティマスだった。
「しかしオプティマス」
「バンブルビーはバンブルビーの意思で、サムの元に残り彼と共に暮らすことを選んだ。我々は、個人の選択と意思と自由を尊重する。
それに仮令離れて暮らすことになっても、永遠に袂を分かつ訳ではない。もし我々が危機に直面することがあれば、どこにいようともバンブルビーはすぐに我々の元に駆けつけてくれるに違いあるまい。離れていても我々は仲間であり、同志なのだ。そうだろう? バンブルビー」
その問い掛けに、無論バンブルビーは深々と頷いた。今バンブルビーが発しただろうメッセージなら、サムにも想像がつく。
『勿論です! 任せてください、オプティマス! おいらどこにいたって、すぐ駆けつけてみせます!』
多分そんなところだろう。オプティマスが優しげな顔で笑い、くるりとまるい黄色の頭部をそっと撫でた。その慰撫の手に嬉しそうに目を細めるバンブルビーは、まるで猫みたいに可愛らしい。オプティマスが彼を斯く溺愛する理由が、サムにもちょっと分かる気がした。あんなに無邪気に懐かれたら、そりゃ可愛くもなるだろう。
ともあれ、結局そうして、事態は一応の収束を見たのだった。オプティマスに窘められても尚消しきれなかったらしい、サイドスワイプの不満を残して。
***
正直なところサムは、あの一件以来、どうもサイドスワイプに敵視されているような気がしてならないのである。
(“お前さえいなければ!”とか思われてそうなんだよな、なんか)
敵視までいかずとも、彼から友好的な空気を感じたことが一度もないのは事実だった。
そんな彼からの、チャット・リクエストである。一体どんな用事かと、サムが訝しみつつ好奇心を抑えられなかったのは当然だろう。しかもサイドスワイプのこの切り出し方から推測するに、決して非友好的なアプローチ――――喧嘩を売るつもりだとか、文句を言いたいとか――――を試みられているわけでもないらしい。
「何か、ぼくに聞きたいことでもあるの?」
再度そう促すと、サイドスワイプは幾ばくかの逡巡の後――――彼の人となりをよく知らないサムから見ても、こんな風に逡巡したり躊躇ったりするのは随分彼らしくないような気がしたので、正直少し驚いた――――漸う口を開く。
「なあ、サム」
「なんだい?」
そう呼びかけてきたサイドスワイプがしごく真面目な顔をしていたから、サムも同じテンションで真面目に返したのだ。しかし彼はすぐさま自分が下した判断を後悔した。何しろ、その呼びかけのあとに続いた言葉が
「バンブルビーの泣き顔ってのは、どうだった?」
だったので。
「……は?」
pardon?
今なんというか、サイドスワイプの質問が意味を理解する間もなく耳を右から左へ抜けていったというか、……無意識に脳が理解を拒んだというか。
つまるところサムは凄まじく動揺していたのであるけれども、多少表情筋が強張った程度で、それ以上顔に出ることはなかった。幸か不幸か定かではないが。
「……ごめん、何だって?」
「どうした、聴覚レセプターの調子でも悪いのか? ラチェットの世話になってみちゃどうだ」
「いやぼく人間だから。レセプターとかいらない、耳でいいから。それから人間のぼくは、どんなに具合が悪くなったってラチェットの世話にはならないよ!」
だって恐いから!
という本音を、サムはすんでの所で飲み込んだ。
「あー、えーと、だからごめんって。悪いけどもう一度言ってくれる?」
「バンブルビーの泣き顔はどうだったって聞いたんだ。見たんだろう?」
「そりゃ見たけど……」
なんというかアレは、泣き顔は泣き顔でも嘘泣きだったと思う。どうもサイドスワイプの口振りからするに、セイバートロニアンでも落涙することはあるらしい。が、あんなじょばーっと出すのは違うだろう。
「ていうかきみ、何で知ってるの? そのこと」
思わずそう問うと、モニターの中でサイドスワイプがにやりと笑った。
「オートボットのネットワークを舐めないことだ」
「……別に舐めちゃいないけどさ」
寧ろ畏怖している。サイドスワイプに限らず、オプティマスにしろラチェットにしろ、時々知らなくていい、知っていて欲しくないことまで知っているのだから。
思い出し、何となく恐くなって、サムはそれ以上突っ込んで聞くのをやめた。世の中には、知らないままでいた方が幸せなことって案外多いのだ。
「えーっと、それで何だっけ。……いや嘘、大丈夫、ちゃんと聞かれたことは覚えてる。ビーの泣き顔がどうだったか、だっけ」
「そうだ。……どうだった」
「けど、どうだったって言われても……」
あの時サムは、致し方のない事情を理解してくれず駄々を捏ねるバンブルビーに、正直なところとても腹を立てていた。その上更に責め詰るように嘘泣きまでされて、大層苛立ちもした。
しかし今になって思えば、それはそれだけバンブルビーがサムと一緒にいたがった証であり、そしてまた、サムとの新生活を楽しみにしていたことの証でもあったのだ。その根源にあるのは、サムに寄せる純粋な好意で。何しろ、多くの仲間や敬愛するオプティマスと共に過ごす日々より、サム一人を選んでくれたバンブルビーである。
今更ながらそのことに気づくと、バンブルビーのあの嘘泣きも、なんだか酷くいじらしく思えた。
「なんていうか……うん、可愛かったよ」
(バンブルビー、どうしてるかな。元気でやってるかな)
結局サムの大学進学を機にディエゴ・ガルシア島へ渡った「弟」のことを思い出し、寂しいような、懐かしいような、それでいてどこか暖かいような気持ちで、サムはそう呟いた。
……途端。
モニターの中にいるサイドスワイプが、なんというか非常に恐ろしい、おどろおどろしい空気を放ったので、サムは「ひっ!」と息を呑んだ。
サムは基本的に、空気を読むことに長けている。それは嘗ての彼が非常に臆病な性質の持ち主だったせいで、否応なく磨かれた特性だ。虐められないように、敵視されないように。サムはいつだって気を張っていた。今の彼は嘗てほど臆病ではないが、磨き抜かれた特性だけは今も尚残っていた。
そのセンサーが、サムに告げていた。どうやら今、自分はちょっとばかし地雷を踏んづけたらしいことを。
「さささ、サイドスワイプ?」
「……可愛かったのか……」
「ね、ねえ、きみ、一体どうしてそんなこと聞くのさ!」
そう問えば、サイドスワイプはぽつりと呟いた。
「俺も見てみたい」
と。
当然、またしてもサムは耳を疑った。
「見てみたい? 見てみたいって、ビーの泣き顔を?」
「ああ」
「何で!」
我ながら悲鳴じみた声だと思った。でも実際、今のサムは出来たら悲鳴を上げたい気分だったのだから仕方がない。ヤバイヤバイヤバイヤバイ。なんだか分からないが雲行きが怪しい。ヘンな方向に話が進んでるような気がする。
そんなサムの危機感など知らず、サイドスワイプは臆面もなく言ってのけた。
「何で? 何でだって? ヤツの泣き顔は可愛かった、今お前がそう言ったんじゃないか」
「そりゃ言ったけど!」
「好きなヤツの泣き顔にムラムラするのは……男としちゃ普通だろう? それが可愛けりゃ尚更。是非見てみたいと思うのも男心ってヤツじゃないか」
好きって!
好きって言った! 今!
サイドスワイプがビーを好きだって!
サムは酷く驚いた一方で、
(あーやっぱり!)
とも思っていた。何となくそうかなーと思っていたのだ。つまるところ、サムがこれほど仰天したのは、サイドスワイプがバンブルビーに惚れているという事実に対してではなく、その事実をサイドスワイプがいともあっさり吐露して見せたことについてなのだ。
サムには、……サムには出来ない。自分の恋心を、こんな風にさらけ出してみせることは。友人にも、当のミカエラにも、格好付けて、ミカエラのことなんてそんなに惚れ込んでる訳じゃないような、素っ気ないフリをしてしまう。そんなの、格好つけたってちっとも全然格好良くないと分かっているのに。
そんな自分の不甲斐なさに些か辟易していたサムには、このサイドスワイプの潔さは、非常に格好良く思えた。ちょっとでなく憧れてしまう。
「おい、聞いてるか? 男なら誰でも、惚れたヤツの泣き顔には欲情するよなっつったんだ、俺は」
言ってることは、まあ、その、……ちょっとアレだけど。
「しかも相手が、普段は案外と気が強くて泣くことなんざ滅多にないヤツだと尚更だ。そう思わないか?」
「えーっと、うん、……いや、どうだろう……」
何となくそれって、ちょっとアブノーマルっぽいよね。サディスティックっていうか。
……なんてことを面と向かって指摘する蛮勇は、残念ながらサムは持ち合わせていなかった。ついでにいえば、サイドスワイプの意見に同意できる性的嗜好も持ち合わせていない。サムは至ってノーマルだ。
好きな子にはいつも笑っていて欲しいと思うような、普通の男なのだ。
「どうすりゃいいと思う?」
「な、何を?」
「どうすりゃ、バンブルビーの泣き顔にお目にかかれると思う?」
サムは正直、もう結構逃げ出したかった。が、それを許してくれるような相手ではない気がしたし、それに協力してあげたいと思う気持ちも嘘ではないのだ。
但しサムの言う協力とは彼の恋の成就に対してであって、まかり間違ってもバンブルビーを泣かすことについてではない。
「ふ、普通にちょっといじめてみるとか」
普通って何。ちょっとってどれくらい!?
我ながら何ともツッコミどころの多い提案だと思う。でも、これまでの短くも濃厚な遣り取りから、サムはサイドスワイプが結構なサドっ気を持っていることに気付いてしまったので、それはかなり彼の趣味嗜好に合うんではないかと思ったのだ。
が、提案しておいて何だけれど、それはちょっとやめて欲しいなあとも、サムは思っていた。何しろサムにとってのバンブルビーというのは、初めての車であり、友であり、そして弟のようでもある存在なのだ。だから、あまり彼を虐めたり傷つけたりはしてほしくない。
しかし幸いにも、サイドスワイプ本人によってその提案は却下された。
「無駄だ。言ったろう。あいつはああ見えてかなり強情だし意地っ張りなんだ。俺に多少つつかれた程度で泣くものか。そういうヤツだから良いんだ。
……それに、あんまりバンブルビーを弄ると報復がな……」
「報復? 報復って、バンブルビーが?」
「あいつじゃない。あいつはその場で怒ってお終いだ。後に引く質じゃない。
そうじゃなくて、……あいつの保護者がだな」
それ以上サイドスワイプは多くを語ろうとはしなかったが、聡いサムにはそれで十分だった。バンブルビーの、保護者様。おっかない、保護者様。皆まで言われずとも、サムの脳裏には三つの影が過ぎっていた。
「ああ、うん、それはなんていうか、……すごく命懸けになるね」
我ながら洒落にならない表現だ。というかとても事実だ。命懸け。正に、とっても、命懸け。
(命懸けの恋かあ。オプティマスたちがいる限り、ビーに恋をするってそういうことなんだね。スリリングだなあ)
命懸けの恋。スリリングな恋。フィクションの世界でなら使い古されつつも尚魅惑的なフレーズだが、それが現実のものとなれば話は別だ。少なくともサムは、ちっとも、全然、羨ましいとは思わない。
サムはなんだか、つい生ぬるい感じで笑ってしまった。
「……えーっと、それじゃあさ、サイドスワイプ」
「何だ?」
サムは必死に考えを巡らし、そして一つの提案をした。
「こんなのはどうかな。二人でさ、何か映画でも見るんだ。悲劇でもラブロマンスでも感動系でもいいけど、とにかく泣けるヤツ。ビーって、そういう方向で攻めると結構涙もろそうな感じしない?」
このサムの提案に対し、サイドスワイプは虚を突かれたように瞠目した後、にやりと笑った。本当に、とても、「にやり」だった。サムはあまり自分に自信がある方ではないので、そういう男臭い笑い方を見ると、ついつい格好いいなあと憧れてしまう。
男っぽさとか男らしさとか、そういう魅力はサムには縁遠いものなのだ。
「なるほどそいつはいい考えだ。……早速試してみよう。恩に着る」
サイドスワイプは、そう一方的に告げて。
そうして、この奇妙なチャットは終了した。サムは回線が切れた途端なんだか急にどっと疲労感に襲われ、深々と椅子に沈み込んでしまったのだった。
***
それから三日後のことである。
早速試してみようといった割に、その後の進展具合並びに結果の報告がちっとも為されないので、サムの方からサイドスワイプに呼びかけてみた。
あの夜の尋常ならざる疲労感を、忘れたわけでは決してない。しかし確実にその記憶は薄れ、そうなると、俄然好奇心が頭を擡げだしてしまった。サムは結構、懲りない性格をしている。
サムが呼びかけてから程なくして、ウェブチャットの画面にサイドスワイプが映し出された。
「ハイ、サイドスワイプ」
「……よう」
この時点で既に、サムは計画が上手くいかなかったらしいことを悟った。知らなかった。サイドスワイプは、かなり分かりやすい性格をしている。すごく顔に出やすいのだ。
でも、どうして、何が駄目で上手くいかなかったのだろう。発案者としてはやはりそこが気になるところなので、サムは怖ず怖ずと尋ねてみた。
「そのー、どうだった? あれから」
「泣いた」
サイドスワイプの返答は簡潔だった。些か簡潔すぎた。お陰で、何が何やらちっとも分からない。
「泣いた? 泣いたって、ビーが?」
「そうだ」
なんだ、それなら成功したんじゃないか。なのにどうして、サイドスワイプはこんなに不機嫌なんだろう。
サムは首を傾げつつ、更に掘り下げた質問をする。
「えーっと、それなら計画は一応成功したって……言って良いんだよね?」
その途端、元々苦々しかったサイドスワイプの顔が更に苦々しく歪む。
「違うの? じゃあ一体、どんな問題が?」
好奇心を隠しきれぬまま畳みかけるように問えば、サイドスワイプが漸う重い口を開いた。元々彼の声は低いが、今は更に低い。
「……あいつは泣いた。確かに泣いた。その点では確かに計画は上手くいってたんだ」
「か、可愛かった?」
返事が、ない。可愛くなかったのだろうか。満足できなかった? そんなサムの不安は、結局裏切られることになる。ただ、いい方向か悪い方向かは分からない。
「…………可愛かった」
長い長い沈黙の後で、彼は確かに肯定した。そして一旦肯定するや、怒濤の勢いで感情を迸らせる。
「可愛かった。死ぬほど可愛かった。どうにかなっちまうくらい可愛かった。あのでっかい真っ青な目からぽろぽろ涙零して泣いて泣いて、俺に見られてるの気付いた途端困り顔で笑うんだぞ泣きながら。想像しろ。脳内プロセッサの回路全てを駆使して想像しろ。可愛いだろう! 可愛かったんだ! 可愛かったんだよ!」
「そ、そう」
「そんな顔されたらムラッとくるだろう普通! そしてムラッとキたら襲うだろう普通!」
普通ってなんだ。
と、思わないではなかったが、サムは勿論そんなツッコミは入れなかった。彼の危機探知能力は、時々すこぶる優秀だ。時々でしかないのが惜しいくらい。
「だってのに押し倒したらあいつめ、映画がまだ途中だっつって暴れやがって、あろうことか光粒子加速砲ブッ放した挙げ句に「サイドスワイプのヘンタイ!」だぞ!?
光粒子加速砲! どんだけ全力で抵抗する気だ!? ツンデレにも程があるだろ! つーかデレは!? デレ分はどこだ!? ツンの後はデレじゃないのか!」
「どこで拾ってきたのさそんな単語!」
「オマケにそんとき吹っ飛ばされた左腕は、未だにラチェットが調整中だとかっつってしまい込んだままなんだぜ? ……なあ、俺はちゃんと五体満足に戻れると思うか?」
「……えーっと、早くそう戻れるよう神さまに祈っておくよ……」
ついでに、左腕がヘンな風に改造されてないと良いよね。鋼鉄のブレードからケチャップボトルとか。
とは、サムはいわなかった。果たして彼が、言霊信仰を知っていたかどうかは定かではないけれど。
「……ちなみに」
「あァ?」
「一体何の映画を見てたのか聞いてもいい?」
「……ダンボ」
「……何?」
「ダンボに負けたんだぞ俺!」
なんでよりにもよってそのチョイス!?
と、問い質すだけの気力が、サムにはもうなかったので。
「……いい話だよね、ダンボ……」
そう、力なく呟くのが精一杯だった。

PR