リベンジ設定、映画後。
ディエゴ・ガルシア島海軍基地にて。
バイオマスエタノールの悲劇。オプビーです多分。
※色々と捏造しておりますすみません。
『バイオマスエタノールって美味しいの?』
ウィリアム・レノックス少佐のモバイルがそんな不可解なメッセージを受信したのは、ある晴れた昼下がりのことだった。ディセプティコンの襲来もなく残党が暴れることもない、しごく平和な日だ。
「んん?」
モバイル片手に、レノックスは当然首を傾げた。バイオマスエタノール?
(なんだっけ? 確かサトウキビだかトウモロコシだかから作る燃料だっけか? なんかガソリンの代わりになるとかならないとか、二酸化炭素の排出がどうとか聞いたことがあるようなないような……)
軍属で、しかも対エイリアンの特殊部隊なんてものに長いこといると、世界情勢はともかく世間一般のニュースに疎くなっていけない。芸能関係のゴシップなんて、何が何やらさっぱりだ。
(しかも美味いかって何だよ! ガソリンの味なんて知らねーって!)
バイオマスエタノールはバイオ燃料の一種であって、ガソリンとは違う。
……なんてツッコミを入れられる人物は、残念ながらいなかった。
一体誰がこんな不可解なメールを送りつけてきたのか。そもそもこいつは正気なのか? 訝しみながら送信者を確認すれば、そこには“Bumblebee”の名があって、レノックスは得心すると同時に破顔一笑した。振り向けば格納庫の入り口近くで、こてんと首を傾げてこちらを伺うブライトゴールドのボディがあった。暗い格納庫の中では一際鮮やかな黄色は、光の具合によっては本当に金色にも見える。
夏の色だな、とレノックスは思った。ブライトゴールドのボディと、セルリアンブルーの目。晴れた夏の日の、向日葵と空の色だ。その組み合わせは、レノックスの胸に郷愁を呼び覚ますものだった。バンブルビーを見ていると何となく優しい気持ちになるのは、多分そのせいだ。
無論、人懐っこくて陽気で朗らか、そして優しい、そんなバンブルビー自身の性格のせいでもある。
さて、この極めて不可解なメッセージの送信者がバンブルビーと分かった途端レノックスが得心した、それには勿論理由がある。
有機生命体である人間たちからすると全く信じがたいほど、この金属生命体である友人たちの体は強靱だった。何しろ、睡眠と食事という人間にとっては日々必要不可欠なものをとらぬままでも、彼らは驚くほど長い間活動出来るのだ。兵士であるレノックスにしてみれば、全く羨ましいくらいのタフさである。
しかしそれでも生命体である以上、ある程度は眠らなければならないし、食べなければならない。そしてごく最近になって、彼ら本来のエネルギー源でなくとも、この地球上の物質で代替が利くことが分かった。但し、ビークルモードの状態でのみ、という限定条件付だけれど。
高オクタン価ガソリンである。詰まるところハイオクだ。
この事実に軍医であるラチェットなどは非常に興味深そうにしていたし今もしているが、何分代替品に過ぎないものだからエネルギー効率は悪いし、何より非常に不味いのだという。現に、マッドフラップとスキッズの双子などは、補給される度に上を下への大騒ぎだ。
「俺、こんな騒動、よく知ってますよ。うちのチビどもに水薬飲ませなきゃなんない時が、ちょうどこんな風でした」
そんなエップスの鬱々とした感想は、しごく的を射たものなのだろう。子持ちの兵士らが、うんざりした顔で同意を示し深々と頷いていた。二歳の娘一人しか持たない――――しかも、その娘の育児には殆ど関われていない。無論これは彼の本意ではないが――――新米パパのレノックスには、未知の修羅場である。
バンブルビーは彼らと違ってハイオクを飲まされても大仰に騒ぎもいやがりもしなかったが、どうやら内心ではその不味さに辟易していたらしい。だがこのブライトゴールドのオートボットは、彼らの司令たるオプティマスに迷惑を掛けることを極端にいやがるから、今までずっと双子のようには主張できずにいたのか。そう思うと、レノックスはなんだか彼が可愛そうになるやら微笑ましいやら、ついつい苦笑してしまうのだった。
(なるほどそれでこの質問なわけか)
レノックスが得心したのは、つまりそういう事情からである。
彼は戸口に佇むバンブルビーの元へと歩み寄りながら、ふむ、と頷いた。試してみる価値はあるだろう。何しろ、味の善し悪しは兎も角、ハイオクは彼らの体に適合したのだから。もう一つ二つ、彼らのエネルギー源になるものがこの地球上に存在しても良いはずだ。
第一、ツインズやバンブルビーのようなこどもが――――無論、人間たちと比べれば彼らは皆信じられないくらい長い年月を生きてきたことは承知している。けれど、それでもセイバートロニアンの感覚に則せばあの三人は幼いというのだから、やはりこどもとカテゴライズしていいはずだ――――、不味い食事をいやいや我慢しながら摂らなけりゃならないなんて悲劇だ。
確かに人間のこどもだって、嫌いな食べ物を躾の為に食べさせられることはままある。でもそこには必ず、好きな食べ物というご褒美だって付随しているのだから。
しかし何分、オートボットたちの体のことなど、レノックスにはまるきり未知の領域である。それでなくとも、科学的な方面に頭を働かせるなど性分じゃない。レノックスは、良くも悪くも軍人気質の男だった。
だから手っ取り早く、彼はもっとも適した人物にこの提案を持ち掛けることにした。つまり、オートボットの体に最も精通しているオートボット、軍医ラチェットに。
ハイオクの代わりに、バイオマスエタノールをエネルギー源にすることは出来ないか。
そう提案されたラチェットは、如何にも興味深そうに頷いた。
「なるほど、……なるほど。確かにとても興味深い。よくよく調べ、検討してみよう」
そしてそう請け負ってくれたのだった。
***
さていよいよ、ラチェットの徹底した検査にパスしたバイオマスエタノールを、試しにオートボットに実際供給してみることとなった。レノックスがラチェットに相談してから、実に二十日後のことである。
その被検体に、真っ先に立候補したのは案の定バンブルビーだった。言い出しっぺの責任というより、生来強い好奇心が彼にそうさせたのだろう。その証拠に、ラチェットを見上げる彼の双眸は、不安より期待に煌めいている。
不安も露わにそわそわと落ち着きないのは、バンブルビーよりも寧ろオプティマス・プライムだった。まあラチェットも、それは分からないでもない。別段オプティマスとてラチェットの検査の精度を疑っているわけではなかろうが、そこはそれ、バンブルビーを溺愛して止まない司令官殿である。どうも彼は、一旦任務や作戦を離れると、バンブルビーに対して過保護でいけない。
「ラチェット、やはり私が……」
往生際悪く、未だそんなことを言い出す始末。ラチェットが心底あきれ果ててため息を吐いてしまったとしても、それは致し方のないことだろう。
「一体何度、話をループさせれば気が済むんです、オプティマス。もう延々、五時間もその件については話し合ったでしょう? 五時間ですよ、五時間」
「しかしだな」
「それほど心配なさらずとも、このバイオ燃料には我々の体に害為すような毒性は何一つ見つかりませんでしたよ。それとも司令官には、それほど私の腕と頭脳が信じるに値しませんか」
「そ、そんなことはないぞ! ラチェット、君の腕の確かさは私もよく知っているとも!」
「ならばいいでしょう。もう始めますよ」
有無を言わさず畳みかけ、ラチェットは一方的に話を締めくくった。
少し不安そうにこの遣り取りを伺っていたバンブルビーに、目配せを一つ。それだけで、察しの良い彼は心得たとばかり頷くと、滑らかにトランスフォームした。
ピカピカと目に目映い、ブライトゴールドのカマロ。そのゴージャスな車体に、人間の兵士らから感嘆が上がる。
今回ラチェットが用意したのは、トウモロコシを乾式製法で精製したバイオマスエタノールである。何分安全性を第一にしたので、味の程はラチェットもしらない。ハイオクより美味しいかも知れないし、或いはもっと不味いかも知れない。
それをチェックするための実験である。後者だった場合は、……まあ運が悪かったと諦めて貰おう。バンブルビーには悲劇だが、彼のことは、オプティマスがいくらだって慰めてくれるはずだ。
だから問題ない。
そう些かおかしな方向に自分を納得させると、ラチェットは迷いのない器用な手つきでバンブルビーの給油口の蓋を開けた。
元よりごく試験的な供給であるから、なみなみと満タンになるほど注ぎ込んだりはしない。それでもある程度の影響は観察したいので、十リットルほどをバンブルビーに与えてみた。
「どうだね、バンブルビー」
『んん、ハイオクみたいにとんでもなく苦かったりはしないよ。寧ろ、ちょっと甘いかも。美味しい! って感動するほどじゃないけど、不味くて逃げ出したくなったりはしないかな……』
そうか、ハイオクってのは苦いのか、と感心したように呟くレノックスをちらりと見遣り、ラチェットは更に質問しようと口を開いた。
が、それよりも先に、取り縋るように黄色い車体に屈み込む巨躯があった。オプティマスである。
「体の方は大丈夫なのか、バンブルビー。どこか痛かったり苦しかったりしないかね?」
『大丈夫、おいら全然へっちゃらです、オプティマス』
「本当に大丈夫なのだな? 我慢しているわけではないな? バンブルビー、お前はすぐに色々我慢してしまうから……」
『大丈夫ですよぅ、ホントに』
まあ、この取り乱しようと来たらどうだ。普段の冷静な司令官の面影など皆無だ。ちらりと隣に目をやれば、案の定アイアンハイドもあきれ果てたような顔をしていた。
「オプティマス、バンブルビーもこう言ってますし、第一私の検査でも毒性は確認されなかったと再三報告したでしょう」
「しかし……」
「それが今こうして証明されたのです。どうやら味の方も問題ないようですし、今後非常時のエネルギー補給には、ハイオクではなくトウモロコシ原料のバイオマスエタノールを使う方向で検討する価値はあると思いますがね、私は」
どこまでも冷静なラチェットと、どこまでも冷静でないオプティマスが、実があるのかないのか甚だ怪しい議論を繰り広げている、そんな時だった。
「うぃっく!」
奇妙な音……声が邪魔したのは。
二人揃って発生源を振り向けば、そこには黄色のカマロがある。そして彼らの注視の中で、カマロはまた体を震わしてしゃっくりをした。
……そう、しゃっくりである。
「うぃっく!」
軽く、三十センチほど車体を飛び上がらせて、しゃっくりをするカマロ。そのシュールな光景に、大概のことでは動じなくなったレノックスらも唖然としている。
それから更に一、二度しゃっくりを繰り返してから、カマロは再びトランスフォームした。今度はビークルモードからロボットモードへと。しかしそのトランスフォームは、常のそれとは比べものにならないくらいがしゃがしゃと騒々しく、そして覚束ない。おまけにトランスフォームを終えた途端、バンブルビーがぐしゃりと頽れ蹲ってしまったものだから、元々冷静でなかったオプティマスが更に冷静でなくなった。
「ばばばばば、ばんぶるびー!」
すっかり恐慌状態に陥ったオプティマスが、慌ててバンブルビーを抱き上げる。オプティマスの腕の中でぐんにゃりと抱き締められるに任せるまま、また、バンブルビーは「うぃっく!」としゃっくりをした。
しかしその表情は特段苦しそうなわけではなく、さりとて痛みを堪えている風でもなく、寧ろどちらかというと、極めて気持ちよさそうな……。
「……おい、ラチェット、あれは」
「ふむ。今の彼の状態から推測するに、要は酔っ払ってしまっているようだな、バンブルビーは。
これは驚いた。興味深いな。実に興味深い。どうやらトウモロコシ原料のバイオマスエタノールには、我々を酩酊状態にする作用があるらしい」
訝しげな……というより大変に不吉な予感を抱いているらしいアイアンハイドに問われたので、ラチェットは軽くその「不吉な予感」を肯定してやった。見る間に、アイアンハイドの顔が苦々しく歪む。
「お前まさか、分かってて試したんじゃなかろうな?」
「失敬な。私がそんなことをするような男に見えるかね?」
見える!
という声なき肯定を多方向から聞いたような気がしたが、ラチェットは当然それを黙殺した。オプティマスの元へ歩み寄り、その腕に抱き締められたバンブルビーをしげしげと観察する。そんなラチェットに、オプティマスが焦りと怒りの入り交じった口調で詰問してきた。
「ラチェット、これは一体どういうことなのだ!?」
「ふむ、実に興味深い結果ですな。いや全く面白い。一体どの成分がどう作用して、このような影響をもたらしたのだろう」
「何を呑気な!」
「そう騒ぎ立てるほどのことでもありますまいよ、オプティマス。バンブルビーはちょっと酔ってるだけです。第一、ほら、彼自身こんなに気持ちよさそうじゃありませんか」
「そういう問題ではなかろう!」
オプティマスの叱責は、ある意味では正しい。がしかし、些か行き過ぎでもある。少なくともラチェットはそう思う。健康上の問題は何らないのだ。酒は百薬の長と、地球人の間では言うらしいし。
『おぷてぃます』
恐慌に陥ったオプティマスを宥めるような、柔らかなメッセージだった。送信者は、勿論バンブルビーである。
『おぷてぃます おいら らいじょぶれす よ。おちついて くらさい。ね』
これはまた。ラチェットは驚きに密かに瞠目した。
バンブルビー生来の朗らかで陽気な性格を反映して、発声モジュールを破損して後の彼のデジタルメッセージは、本来無味乾燥なしろものにすぎない筈のそれとは信じられないほど、いつだって多彩で雄弁だった。時に喜び、時に悲しみ、時に怒り、彼の感情を生き生きと仲間たちに伝えた。
しかしそれにしても、これは全く大したものだ。彼の電子のメッセージは、酩酊とそれに伴う舌っ足らずさまで再現できるらしい。
「しかしバンブルビー、」
『んーっ、おぷてぃます そんなに しんぱい しないれ?』
そのメッセージの乱れにオプティマスはますます心配そうな顔をしたが、それとは裏腹に、当のバンブルビーはしごくご機嫌に満面の笑みだ。尤も、その笑顔はにこにこというよりふにゃふにゃといったほうが相応しいようだったが。
「……可愛いなおい……」
思わずといった風に呟いたサイドスワイプが、アイアンハイドに凄まじい眼力で睨まれている。
顔も体もふにゃふにゃになったバンブルビーが、尚も心配そうに顔を歪めるオプティマスの逞しい首に腕を回し、その巨躯にしなだれかかる。その途端オプティマスのスパークの瞬きが酷く乱れたのを、観察眼鋭い軍医は無論見逃さなかった。しかし、その乱れを生んだ当人は我関せずといわんばかりに、ごろごろと無邪気にオプティマスにじゃれついている。
『おぷてぃます ふあんなの?』
「不安だとも。バンブルビー、本当に大丈夫なのか?」
『らいじょぶ れすよう』
「だが」
『おぷてぃます、しんぱいしょう! じゃあ おいらが おぷてぃますのふあん ふっとばす おまじない してあげますね』
そんなメッセージを放つや、バンブルビーはにこーっと笑って。
そして、オプティマスの頬にキスをした。
幾度も、幾度も、幾度も!
その瞬間、メガトロンと対峙してさえ引けをとらぬオプティマスが機能停止寸前までイッてしまわれたのは、恐らくは当然の帰結というものだろう。
対オプティマスの最終兵器は、バンブルビー。
それは、オートボットの戦士なら知らぬ者のない常識なのだから。
***
さて、己がどれほど威力のある攻撃を放ったかなど露知らず、当の最終兵器様はどこまでもどこまでも無邪気だった。
『おぷてぃます おいら ろうしちゃったのかな。とっても ふわふわ きもちいの』
その問いに、冥界の入り口ちょっと前で何とか引き返してきたオプティマスが、這々の体で応える。そのタフさには、さしものラチェットも些かばかり感心した。
「……おおバンブルビー、お前は酔っ払っているのだ。それも酷く」
『ばいおます えたのーるのせい?』
「恐らくは」
苦々しく頷きながらも、バンブルビーを抱き締める腕や、少しでも彼を落ち着かせようと彼の頭や頬、背中を撫でる手は、どこまでも優しい。バンブルビーのことが可愛くて愛しくて仕方がないと、どんな言葉よりも雄弁に語る慰撫だ。
(全くお熱いことで)
ラチェットはそう、思わず心の中で呟いた。
バンブルビーのことを心配するオプティマスの気持ちに嘘はなかろうが、同時に、今の状態が彼にとって天国とも言えるほど幸福なものであろうことも、動かし難い事実であるはずだった。少なくとも、ラチェットにはそう見えた。
何しろ、可愛い愛しい恋人が、人目も憚らず甘えてくれているのである。自らしがみつき、胸に頬ずりし、舌っ足らずに呼ぶ。時にはキスさえしてくれる。これを幸せに思わぬ男はいまい。その証拠に、オプティマスは段々、苦々しい顔を保つのに苦心するようになってきた風だった。確かにオプティマスの自制心は強靱だが、あの状況でにやけないようにするには、かなりの努力が必要だろう。大仕事である。
無論ラチェットは、その大仕事を苦心惨憺して何とか成し遂げているオプティマスに対し、同情心など欠片も覚えなかったが。
しかしじきに、そんな努力がまるで必要ない事態になった。それがオプティマスにとって幸か不幸かで言うならば、……まあ大いなる不幸と言えるであろうが。
『おぷてぃます』
「なんだねバンブルビー」
ギリギリのラインでまだ何とか顔は威厳を保っていたが、声に関しては既に崩落が始まっていた。年下の恋人を呼ぶ声は、でれんでれんに甘ったるい。
その甘さに気付いているのかいないのか、恐らくは気付いていないのだろうバンブルビーが、こてんと首を傾げてオプティマスにおねだりした。
『おいら もっと ほしいれす』
ラチェットは顔を顰めた。当然、オプティマスはもっと顰めている。
「欲しいとは、何をだね?」
『ばいおますえたのーる』
このおねだりには、如何に彼に対し甘い司令官といえど、さすがに大いに顔を顰めた。そして、オートボットの健康管理には誰より厳しいラチェット以上の厳しさで、バンブルビーを叱りつける。
「何を馬鹿なことを。駄目に決まっているだろう!」
『ろうして?』
「どうしても何もなかろう。もうこれほどの泥酔状態にあるというのに、この上更に飲んだりしては、一体どんな悪影響があることか。考えるのも恐ろしい程ではないか」
『らって おいら ふわふわ きもちぃのに』
「だっても何もない!」
今更言うまでもないことだけれど、オプティマスがこれほど厳しくバンブルビーを叱るのは、当然バンブルビーが可愛くないからではない。逆だ。バンブルビーが可愛くて大切で仕方がないからこそ、厳しく叱りこれ以上の飲酒――――と表現して差し支えなかろう――――を禁じるのである。そんなことは誰でも、それこそツインズでさえ分かることだ。
というか、オプティマスがバンブルビーをどれほど溺愛しているか、まず以てそれが今更である。
が。
それが分からないものがいた。誰あろう、斯くもオプティマスに溺愛されている、バンブルビー当人である。
無論それは、今の彼が酷い泥酔状態にあり、彼の脳内プロセッサーが暴走気味で真っ当に働いていないせいなのだ。平時であれば、バンブルビーがこんな聞き分けのない駄々を捏ねるようなことはない。それこそ、オプティマスが我が儘を言って欲しいと願うこと自体が我が儘になってしまうほど、バンブルビーはオプティマスに対しては筋金入りの「いい子」だった。
しかし今のバンブルビーは、平時のバンブルビーではなかった。
それでつまり何がどうなったかというと、……最終兵器様の破壊力が増していた。
まず変化は、彼のセルリアンブルーの瞳に現れた。その双眸は、思いも寄らぬ強い叱責に大きく瞠られた後、うるりとオイル混じりの涙に潤んだ。
先ほどまでふにゃふにゃと笑っていた顔も、痛々しく歪む。
この時点で既に、破壊力は抜群である。ずっと成り行きを見守っていたアイアンハイドやサイドスワイプ、レノックス、エップス、果てはツインズやアーシーまでも、ぎょっとして息を呑む始末。オプティマスに至っては、恐慌の余り氷漬けにされたように固まってしまっていた。
しかも、最終兵器様の攻撃はこれに終わらなかった。バンブルビーは更に、渾身の一撃を放ったのである。
『おぷてぃます』
「ばばばばば、ばんぶるびー?」
『おぷてぃますなんて、だいきらい!』
その後の騒動と悲劇について、その場に居合わせた者たちは硬く口を噤んで多くを語ろうとはしない。
「……大変だったわ……死ぬほど」
アーシーのごく端的な、それでいて苦難のありったけを詰め込んだそんな呟きに、事態の重大さの一端を垣間見るのみである。
後に、この事件は「トウモロコシ産バイオマスエタノールの悲劇」として、彼らの間で連綿と語り継がれることとなる。
全ての発端となったバイオマスエタノールがその後、NEST軍及びオートボットにおいて最高レベルの禁忌及び危険物扱いになったことは、恐らく言うまでもあるまい。

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